第59話 好きな人、いるの?
「明日から本格的に文化祭準備が始まるんだよなぁ……」
5、6時間目の間の休み時間、俺の席に寄ってきた山下に言った。
この学校は、ネットで『文化祭を楽しめない人文化祭にアホほど力を入れている学校だから、行事が好きじゃないときつい』と書かれるほど、文化祭に力を入れている。
いや、全てを賭けている。
だからこそ俺はこの学校に背伸びして入った。
ラノベ・アニメで育った俺は、高校に行けばきっとラノベの主人公みたいに、なんやかんやあって活躍する人間だと思っていた。
文化祭でも、なにか一大イベントが起きると。
だが、そんな願望は1年生の4月でぶっ壊れた。
高校に入学しても、魂は変わらないのだ。
はぁー……。
一生懸命受験勉強してわかったことは、内面も勉強しないと伸びないってことか。
「寺尾先生が、『書類は通しておいたから、明日から君らで力を合わせてやってくれ』だってさ」
「さすが、仕事が早い」
担任は愛情はないが、仕事は早い。
決め事は委員主導でさっさと決めさせて、あとは自由時間にしている。
本人はというと、その間に雑務を行っている。
だから残業時間が20時間程度で済んでいるんだそうだ。
まさにザ・効率人間。なんで教師になったのか不思議でしょうがない。
「明日は男女わかれて作戦会議か。苅部が仕切んのかな?」
「まぁそうなんじゃね?」
やっぱりそうか。勝負を挑んだのは苅部だしな。
体育祭の時に強く言っちゃったからなぁ。若干気まずい。本人は気にしている様子なさそうだけど。
もしかしたら、無理難題押し付けられたり……。
いや、そんなことはないか。
とにかく、普通に過ごそう。
♦︎♦︎♦︎
放課後、いつも通り宇佐美と一緒に練習する。
練習の成果が出たのか、昨日よりもミスするところが出来てきた。
「ちゃんと練習してて安心した」
「ああ、受験勉強並みに頑張っているよ」
家に帰ったら必ずどんなに辛くても1時間は練習しようと心に決めているからな。でないと、文化祭に間に合わない。
「伸び幅は狭いけど」
「しょうがないだろ。楽器なんて触らないんだから」
ふっ、と笑う宇佐美の顔に少し曇りを感じた。
なんか、疲れている?
「宇佐美の方こそ体調、大丈夫か?」
「は? 誰に言ってんの? 大丈夫に決まってるじゃん。藤木に心配されなくても、練習も打ち込みも体調管理も順調に進んでいるから」
「あまり無理するなよ。根詰めて倒れたら元も子もないからな」
「わかってるって」
「頼りないとは思うけど、俺のことも頼れよ」
一瞬、宇佐美が照れたが、
「じゃあ、焼きそばパン買ってきて。藤木の金で」
「頼るとパシリは違う」
あはは、と宇佐美は笑った。
その後、宇佐美は俺を厳しく指導しつつ、歌とベースを仕上げていった。
歌声にハリがなかったのは、気のせいだと思いたい。
♦♦♦
次の日。
6時間目のチャイムが鳴ると同時に、牧野が前に立つ。
「勝負ということで、基本的に準備は男女別々にします。店員はホストの時は女子が、キャバクラの時は男子が務めます。そーゆーことにしたいと思うんですけど、異議ある方?」
牧野が教室全体を見回す。
4秒ほどして、
「ないようなので、この案でいきたいと思います。じゃ、女子は黒板側に、男子は教室の後ろ側に集まって各自活動してください。はい、ゴー!」
牧野がパンと手を叩いたところで男女が指定場所に移動した。
「じゃあ、準備しますかー」
もう1人の文化祭実行委員である
グダグダだ。
コイツ、俺と同じで自信無いタイプだな。
ミスりたくない、批判されたくない。
だから意見を出せない。
多分俺もリーダーシップ取れって言われたらこんなふうになると思う。
がんばれ二階堂。
お前に命じられたら、雑用でもなんでもやってやるぞ。
「まぁ、店用とキャッチ用の看板を作ることと、飲み物と具材の調達から始めんぞ」
苅部が二階堂を押しのけて仕切りし始めた。
俺はつい身構えてしまう。
「ホストについて詳しい奴、いる?」
竹内が手を上げる。
「じゃあ、タケチとワタとニカは俺と一緒にメニュー決めな」
苅部が竹内と
「荏原は、藤木達と共に看板作りな」
苅部が適材適所の指示を出した。
あれ?
なんか拍子抜けだな。
無理難題な雑用を押し付けてくるのかと思ってたけど。
「苅部のやつ、なんか普通に良い仕切りをしているな」
「根は良い奴なんだよ、きっと」
山下が俺にしか聞こえない声で言った。
「ふーん」
やっぱり澪にしたことを悔いて、心を入れ直したか?
俺と山下はキャッチ用の看板を、荏原たちは店の前の看板を作る。
看板の材料はダンボールで、学校のリサイクルステーションと言われるゴミ置き場にたくさんあるとのことなので、取りに行った。
その後、事務室にカッターやテープを借り、俺達は看板を黙々と作る。
………意外と難しいな。
黙々と作業すること15分。
「あれ? 俺達が望んでいた文化祭準備ってこんなんだっけ?」
荏原が疑問を呟くと、
「澪や凛子達と協力して文化祭準備をする。そのなかで絆を育み、距離を近づける。あわよくば、付き合う」
「そうだよなぁ」
「お前は彼女いるだろ」
「それとこれとは別だろ」
「はぁ……受験抜きで楽しめる文化祭が、これとはな……」
荏原が大きいため息を吐いた。
そんなこと言うのはやめろ。虚しくなるだろ。
俺だって男だけで黙々と準備するとは思わなかったよ。
山下なんか見てみろ。
悟りの顔で準備してやがる。
嘆いてもしょうがないから、俺は早く作業を終わらせることだけに集中した。
★★★
凛子は的確に指示を出していく。
本当は良介くんと一緒に作業したかったけど、良介くんと同じ物を作っているし、共通の話題が出来てラッキー。
よし、めっちゃ気合入れちゃお。
文化祭委員の凛子が頑張っているんだ。
私も最大限支えてあげたい。
そういう思いでダンボールで出来た看板に絵の具を塗っていると、
「澪って意外と大胆なのね」
恵奈が話しかけてきた。
「大胆って?」
「文化祭の出し物決めだよ。いつもと違ってあんなに主張するからびっくりしちゃった」
「そ、そうかな?」
確かにそうかも。
あんなにみんなの前で主張したの、初めてかも……。
「そうだよ。だって、『このクラスにはイケメンが多いし』って言うし」
うっ……。
確かに言った……。
やばい。
いま思うと私、かなり暴走してかも。
「確かに、ちょっと意外だった。澪ってあんな一面もあるんだね」
七緒もそう思ってたみたい。
「あはは……」
苦笑いで誤魔化した。
うわぁ良介くんにも同じように思われてたかな……。
思ったよね、絶対。
あとでフォローしないと!
でも、良介くんのホスト姿、めっちゃ見てみたいんだよね〜。
こんな機会じゃないと見られないから、暴走してもよかったかも。
不意に、恵奈が顔を近づけてくる。
「イケメンがいるってことはさ」
恵奈がニタリとする。
「もしかしてこのクラスに好きな人でもいる?」
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