第58話 学校1位、暴走する

 ★★★


 今日の1時間目の学活では、文化祭の出し物を決めることになった。


 俺としては、準備があまり必要ない出し物がいい。


 放課後はギターの練習や小説を書く時間にあてたい。


 それに友達が少ないから、クラスの人と協力して何かをやるのが苦手だ。


 理想はペットボトル販売。準備することが少なそうだから。


 しかし、それを提案する度胸はない。


 よし、ここは山下に頼むか。


 あっ! 


 あいつ、息を潜めて教室と同化しようとしている!


 そうだった。


 奴も俺と同じ属性で陰キャラだった。


 手を挙げるわけがないか。


 やっぱり運を天に任せるしかないか。


 頼む、誰か俺の望む出し物を提案してくれ!


 まずクラスのムードメーカー荏原えばらが、


「コスプレ喫茶なんかどう? うちの女子、他クラスよりもレベル高いし」


 と欲望丸出しの提案した。


「やだー!」


「そんな恥ずかしいことできないよー」


 女子達がブーイングする。


 見たい。


 俺も澪や宇佐美のコスプレは見たい。


 でも今回は見送りたい。


 コスプレ喫茶になったら、衣装を作ったり、食器や食材を買い集めたり、看板を作成したりと準備が大変そう。


「だったら、男子もコスプレしてよ。じゃないと不公平でしょ」


 澪の親友の1人である塩島沙良が荏原達に言う。


「どこに野郎のコスプレ姿の需要があるんだよ」


 絶対に嫌だ。


 苅部や荏原のようなイケメンならともかく、俺や山下のコスプレ姿なんか誰も見たくないだろう。


 適当な衣装を着て誰も見ないか、ネタ枠の格好をして客を笑わせるかの二択だろう。


 いや、キッチンの可能性もあるかもな。


 コスプレ喫茶ならそっちに回りたい。


「無難にお化け屋敷は? 驚かせるのやってみたいんだよね〜」


 女子野球部で体育祭でもリレーの選手を務めた石井恵奈が提案した。


 準備が大変そうだが、コスプレ喫茶より良い。


「いいね~。去年の3年の先輩がやってたお化け屋敷はめっちゃ盛り上がってたし」


 クラスでも同意の声が上がる。


「そういえばさ、飲食店の出し物で出た利益は、どうなるの?」


 竹内の質問に牧野が答える。


「経費除いたら全てクラスのモノになるね」


「おお! じゃあ屋台やってみるのは? チョコバナナとか、たこ焼きとか売りまくってガンガン金稼いでさ、文化祭の打ち上げにあてようよ」


 クラスのみんなが賛同する。


「屋台やるならアイスブリュレクレープやりたい!」


 宇佐美が嬉々として提案した。アイスブリュ……なにそれ?


 そんなデザート、初めて聞いたんですけど。


 つか宇佐美のやつ、練習時間とか大丈夫なのかよ。


 宇佐美の発言をきっかけに、クラスのみんなが各々売りたいものを言っていった。


 そうか、宇佐美も陽キャラあっち側だったな。忘れてたよ。


 黒板に屋台という文字が書かれた。


 どんどんめんどくさそうな案が追加されていく。ギターの練習時間は足りるのだろうか。


 俺の心が不安に包まれているなか、再び荏原が挙手した。


「それならさ、コスプレ喫茶よりもキャバクラの方がいいんじゃね?」


「キャバクラっ!?」


「そっちの方が儲かりそうじゃん」


「一応、書いておくけど……」


 文化祭委員が黒板に書いた。


 クラスの大半の女子が非難する一方で、男子は歓声をあげている。


 キャバクラってよくわかってないけど、男性と隣りで話す仕事だよな?


 複雑だなぁ。


 澪に接客してもらいたいけど、他の人には接客してほしくない。


 ―――って、なんだ俺。


 付き合ってもないくせにそんなことを思うだなんて、キモすぎるだろ。


 キャバクラはコスプレとは違って制服でもできるから、コスプレ喫茶よりは準備しなくて済むかもな。


 うん。絶対そうだ。


「キャバクラあげるんならさー」塩島が気だるそうに言う。「ホストもあげなきゃ公平じゃないでしょ」


 えっ……。


 女子達が「そーだそーだ!」と塩島の考えを後押しする。


 おいおいマジかよ。コスプレ喫茶よりハードル高いじゃねぇか。陰キャにはキツすぎるからやめてくれ。


「沙良の言う通りね」


 あぁ……牧野が黒板に書いちゃった。これで案の1つになっちゃったよ。


「さて、他に意見ある人ー?」


 牧野がクラスに呼びかける。


 ダメだ。このまま運に任せても、ペットボトル販売が案として出てくることはない。


 出すためには、自分自身が意見を出すしかない。


 さぁ、手を挙げろ。手を挙げるんだ! 


 ここで手を挙げないと準備が待ってるぞ!


 俺なんて帰宅部なんだから、めちゃくちゃ準備に参加させられるぞ。


 ……………………くっ、なぜ挙がらん。俺の右手ぇぇ!!!


「もう出ないかな? ないならこのまま多数決するけど?」


 ダメだ。挙がらない。


「ねぇ、藤木は何をやりたいの?」


 宇佐美が小さな声で訊いてきた。


 ぶっちゃけ休憩所かペットボトル販売だったが、候補にない。


「えーっと、お化け屋敷かな……」


「却下。ウチ、恐いの苦手だし」


 じゃあなんで聞いたんだよ。


「宇佐美は屋台だろ?」


「うん。アイスブリュレクレープ作りたいし」


 だからその謎のデザートなんだよ。


 他の人達も何にするか隣りの人と話している。


 聞こえる限り女子は屋台、男子はコスプレ喫茶が多い。


 このままだと男女比の関係でコスプレ喫茶になりそうだな。


 頼みの綱の山下も、なんか悟った顔をして結果を待つばかり。


 あいつ、俺より先に覚悟決めてやがる。


「もう出ないね。じゃあ候補は打ち切りまーす」


 はぁ……ダメか。せめて準備をあんまりしない役割がいいな……。


「今から多数決を―――」


「はい」


 澪の右腕がピンと伸びる。


「お、ミーおん。どうぞ」


「私、ホストをやりたいと思います!」


 ……………はい?


 クラス全体が一瞬あっけにとられた。


「えっとー……急なお気持ち表明どうした?」


 親友の牧野も困惑している。困惑のあまり笑っちゃってるし。


 マジでいきなりどうした?


 ★★★


 渚波澪わたしは所かまわず手を挙げた。


 全ては良介くんと1対1で、それも逃げられない状況で、噓無く話すため。


 それができるのは、ホストだ。


 お金を使えば、ちゃんとホストは答えてくれるってお姉ちゃんが言っていた。貢げば貢ぐほど、自分の方を見てくれるとも。


 普段から抜けているけど、今だけはお姉ちゃんを信じたい。


「えーっと、一応聞いてあげる。なんで?」


「なぜなら、本音を聞けるからです!」


「本音……?」


「え、えっと違くて」


 良介くんの本音を聞けるからという、私の本音が出ちゃった。


 早くそれっぽい理由をあげないと。


「えっと、あー……このクラスはイケメン男子がたくさんいるから、人気出るんじゃないかなって」


「「「えっ!?!?!?」」」


 クラスの男子が驚愕する。


「この間の体育祭の文化祭、凄い楽しかったんだよね。だから文化祭の打ち上げもやりたい。できれば、みんなで得たお金で」


 頭に思いつく限りのことを、凛子をはじめクラスに訴えた。ちょっとだけ罪悪感。


「澪にそう言われちゃあな」


「ありかも!」


「苅部とか荏原のホスト姿も見てみたいし」


 やった。女子の賛成意見が増えた。


「でもなぁ~。俺らだけ接客するのはな~」


 竹内がぼやくと、「じゃあさ」と苅部が発言する。


「ホスト&キャバクラってのはどう?」


 2つ開催するの?


「両方やるってこと?」


「そうそう。それで、どっちが売り上げをあげるか勝負する」


「負けたら?」


「売り上げの料金はすべて打ち上げに注ぎ込むとして、不足分を負けた方が払う」


 苅部が私を挑発的な目で見てくる。


 遊園地の時に断ったことを、まだ怒っているのかな?


「なるほど。私からは1つ条件」


「なんだ?」


「ホストが金曜でキャバクラが土曜ならいいよ」


 良介くんの本音を聞き出すのはなるべく早いほうがいい。


 土曜に聞き出した時には手遅れでした、というのはめっちゃ困る。


「なんで金曜にこだわるんだ?」苅部が呆れる。「……まぁどっちでもいいよ。同時開催でもいいしな」


「だったら私はOK!」


「はいそこー、勝手に話進めない」


「あ、ご、ごめん凛子。ちょっと熱くなっちゃった」


 顔を手であおぐ。顔がめっちゃ熱い。


 でも、言いたいことは言えた。


 あとは天に任すだけ。


 お願い。絶対、ホストになって!


 そして、良介くんと七緒の関係を聞き出すんだ!


 ★★★


 澪……いったい何を考えているんだ。


「わかったわかった。とりあえずホスト&キャバクラね。勝負の件は置いといて、候補には入れておくから」


 凛子がパンと手を叩いた。


「はいじゃあみんな伏せて~」


 多数決が始まった。


 もちろん結果は―――


「圧倒的多数で、ホスト&キャバクラになりましたー!」


「おおっ!」とクラスは大盛り上がり。


 ついでに、ホストVSキャバクラ売り上げ対決を導入するか否かの多数決も―――


「ということで、ホストVSキャバクラで戦うことになりました。負けた方は打ち上げの不足分を払うってことで」


「負けねぇぞ」


 荏原の宣戦布告に対し、牧野が言い返す。


「何言ってんの荏原。こっちにはミオミオも七緒がいるんだから!」


「ウチ、そんなモテないから。戦力に入れないで」


「はぁ? こっちだって苅部や竹内がいるんだぞ。打ち上げの料金払うのはお前らの方だかんな!」


 全てが最悪の結果になった。


 山下の奴、目を押さえて絶望している。


 七緒は持ち上げられているし、澪はなぜ俺の方を獲物を捕らえるような目で見てくる。


 くそ、これで準備が大変なだけじゃなく、お金まで減るかもしれないことになってしまった。


 はぁ……。


 文化祭……休もうかな。

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