第56話 学校1位、目撃してしまう

 宇佐美とバンドを組むことになったので、どのように練習するかの話になった。


「いい? 文化祭まであんまり時間はない。ボーカル、ベース、音楽の打ち込み、全てウチがやるから、藤木はギターをひたすら練習して」


「それはいいけど、抱え込みすぎてないか? 他のメンバーも募集した方がいいと思うけど」


「何言ってんの? ウチを誰だと思っているわけ?」


 無い胸に手を当て、威張るように突き出す。


「音楽の成績は技能満点、軽音ならどの役割もできるんだから。この学校なら、一番ライブが上手い自信がある」


 確かに、去年の文化祭はすごかったからな。


「吹奏楽部の先生に『素行が良ければ勧誘してたのにな』とも言われたし」


 それは自慢にならないだろ。


「バンドメンバーは相性が大事。下手に入れるとバンドが壊れるから、2人でいいの」


 俺と宇佐美の相性は良いのか?


 俺のポエムで曲を作れたのだから、相性は悪くないんだろう。


 全てやるっていうのも、宇佐美にとっては簡単に出来てしまうことのなのかもな。


「……オイ、今ちょっと胸無いなって思ったでしょ」


「いや、思ってないから」


 正確にはさっき思っていただけで。


「わかったよ。そこまで言うなら、ギターの練習だけやるよ。俺ら2人でバンド、やるか」


「そうそう、それでいいの。さ、早速やるよ。一応、アンタの見せ場のためにギターソロ入れたんだからね」


「ギターソロか! 嬉しいけど、ちょっと不安だな」


「じゃあ、不安が吹っ飛ぶくらい練習するしかないね」


 宇佐美がスマホをいじり、俺にディスプレイを向けてくる。


「はい、これが練習メニューね」


 俺はまじまじと見る。


「げっ、朝昼晩っ!? こんなに練習するのかよ……」


「そりゃそうでしょ。じゃないと文化祭まで間に合わないからね。もちろんやるよね?」


「……いいだろう。やってやるよ!」


 ここから俺の猛特訓が始まった。


 学校帰り。


 風呂や晩飯を済ませたあと、俺はパソコンを起動した。


 宇佐美から薦められたギターのレッスン動画を見て練習する。


 1時間ほど練習したところで、俺は明日に備えて寝る準備をした。


 ―――次の日の朝。


 いつも時間ギリギリに起きる俺が、6時に起きる。


「あら、早いわね。もしかして、彼女と待ち合わせ?」


 オフクロがニヤリとした。


「彼女より大事な存在かも」


「まぁ!」


 オフクロが喜ぶような存在ではない。


 俺の学校生活を破滅させるか否か、命運を握っている存在だ。


 手早く準備し、昨日のうちに準備しておいた鞄とギターを背負う。


「バンドでも始めたのか?」


 靴を履き終えたところで、親父が聞いてくる。


「一度くらい青春してみてもいいかもなって。文化祭、見に来る?」


「仕事がある。その代わり、母さんにビデオを撮ってきてもらうよ」


「それはやめろ」


 俺は家を出て、足早で学校に向かった。


 旧校舎3階の教室に入ると、


「5分前に来るなんて偉いじゃん」


 宇佐美が女王様のように腕を組み、足を組んで座っていた。


「それがマナーだからな」


「これからも心がけてね。もし遅刻したらポエムばら撒くから。じゃあ、始めようか」


 さらっと脅しやがって。


 俺はギターを取り出し、宇佐美の厳しい指導を受ける。


「テンポが遅れてる」


「今度はテンポが速い」


「コードが違う」


 そのような言葉に対し、俺は愚痴りながらも食らいついた。


 それを1時間みっちり続いた。


「指がいてぇ~」


 昨日に引き続き、今日も練習したから指の回復が追いつかない。


「弦を強く押さえ過ぎなんだよ。もう少し優しく押さえないと」


「次からそうしてみるよ」


 ―――次に昼では。


「藤木、昼飯買いに行こうぜ」


 山下が誘ってくる。


「あーごめん。俺、行くとこあるんだわ」


「へぇー。渚波さん?」


「だったらよかったんだけどな」


「もしかして、何かやらかした?」


「お前じゃあるまいし、やらかすわけないだろ」


「じゃあなんだよ?」


「ちょっとな」


「うぜー」


 言ってもいいんだが、どうせなら山下を驚かせたい。


「ま、そのうち教えるわ」


 山下の誘いを断り、弁当を持って旧校舎へ向かった。


 教室を見ると、おにぎり片手に机上にあるスマホをポチポチしている宇佐美の姿があった。


 よく見ると、イヤホンしている。


 ガラッと扉を開けると、宇佐美が俺に気付き、イヤホンを取る。


「新しい曲作りか?」


「いやー。メロディ、ちょっと変えようと思って」


「そうなんだ。アコースティックでもプロレベルの楽曲だと思ったけど」


「まだまだ。粗削りすぎ」


 宇佐美はスマホをじっと見ながら言った。


 拘る姿勢は、俺も作家志望として学ぶべきだよな。


 俺も早めにパンを食べ、ギターの練習に入った。


 今朝、宇佐美に言われた課題を練習しているが、なかなか上達しない。


「また力んでる」


 宇佐美が編曲を止めて、こちらを見た。


「うーん、どうしても力んじゃうんだよな~」


 すると宇佐美が立ち、俺の後ろに立つ。


 やべ、デキ悪すぎて今から背中蹴られる?


 身構えてくると、甘い匂いがすると同時に背中に温もりを感じた。


 途端、心臓が跳ね上がる。


 横を見ると宇佐美のすべすべした頬と綺麗な唇が―――


「弦はこうやって押さえるの」


 コードを押さえる俺の右手に、宇佐美の右手が重なる。


 細く、芯のある指が、俺の指を優しく押さえる。


 これがギターリストの指なのか。


「わかった?」


「…………ああ」


「じゃあ、もう1回やってみて」


 耳元で囁く。甘い吐息が耳を撫でる。


 このまま宇佐美の右手が重なったまま……抱きつかれたみたいな恰好でやるのか?


 ギター弾くどころじゃないぞ。


 でも、本人はいたって真面目にやってそうだし。


 や、やるだけやってみる……っ。


 優しく。


 優しく。


 宇佐美がやってくれた感覚を思い出すんだ。


 ギターを弾く。


「あ……」


 あんまり痛くない。


 悪いできものが落ちた感じたした。


「……うん、やればできるじゃん」


 年下を褒めるような、優しく声音だった。吐息が耳に当たり、背筋がムズかゆくなる。


 距離感が近すぎる。


 やばい、緊張で頭がクラクラしてきた。


「その感覚、忘れないでよ」


 そう言って宇佐美は俺から離れ、元々座っていた席に戻った。


 やばい、不覚にもドキッとしてしまった。


 いやいやいや、落ち着け。


 顔や声に騙されるな。俺を脅している人間だぞ。


 俺は邪念を払うように、昼休み一杯、一心不乱に練習した。


 予鈴が鳴ったところで俺達は帰りの準備をする。


「ねぇ、ウチより20秒遅く出てよ」


 宇佐美が恥ずかしそうに言ってきた。


「なんでだよ?」


「だって、一緒に出たら疑われちゃうじゃん」


「何を?」


「何をって……その……付き合ってるかって」


「いやー、いくらなんでもそれはないんじゃないか? 宇佐美が俺と付き合うなんて、誰が勘違いするんだよ?」


「わからないじゃん! そんなの!」


 いや、わかるだろ。


 文化祭のスターと陰キャラがくっつくなんて、誰も考えないご


「と、とにかく! 藤木は20秒後に出て! わかった!? わかったね!! はいヨロ!!!」


 一方的に言ったあと、宇佐美はドタドタと教室を出て行った。


 仕方ないし、従わなかったら放課後の練習が地獄になりそうなので、宇佐美に従った。


 その結果、チャイムが鳴る前に教室に入ることができず、先生にめちゃくちゃ怒鳴られた。


 ―――そして放課後。


 ギターの練習をしたあと、最後に宇佐美のボーカル&ベースと合わせた。


 ギターはテンポがバラバラだし、弾き間違えるしで酷いもんだった。


 けど、


「なんか、バンドになってる………っ!」


 ワクワクした。


 文化祭の時に、ステージの下から見て憧れていた存在に、自分がなっている。


 また、合わせることで同じ高みにいる感じがする。


 協力して何かを作り上げるって、こんなにも達成感があるのか。


「合わせるのめっちゃ楽しいな」


「でしょ!」


「バンドやりたがる理由がわかるよ」


「でしょでしょ!」


 宇佐美が前のめりになる。


 思ったより距離が近くなったことを自覚したのか、急に照れだした。


「ま、まぁ、ウチのおかげってのはあるね」


 ここで照れるのかよ。どちらかと言ったら昼の方が前のめりだったけど。


 前のめりっていうか、抱擁レベルだったし。


 まぁでも追及しないで、宇佐美のことを褒めよう。


「そうだな。宇佐美の教え方が上手いってのもある。言い方は厳しいけど」


「厳しさのおかげでここまで上達したんだから、いいじゃん」


 キーコーンカーンコーン。


「もう下校時間か。あっという間だな」


 俺はギターを片付け出す。宇佐美も帰りの準備をした。


「ねぇ―――」


「時間差で帰るのはナシだぞ」


「えっ?」


 俺は先回りして宇佐美の思いを断った。


「時間差で戻った結果、俺だけ馬鹿みたいに怒られたんだからな。今回は同じタイミングで帰る。どうしても勘違いされたくないなら、今度は宇佐美が少し遅れて帰るんだな」


「ん~~~」


 宇佐美が睨む。俺はそれを無視して片付けを始めた。


「わかった。しょうがない。どーしてもウチと帰りたいと。そーゆーことなら帰ってあげる」


「ちが……まぁ、それでもいいや。帰ろうぜ」


 帰り支度を終えた俺と宇佐美は、一緒に旧校舎を出た。


「家に帰ってからも練習しといてよ」


「わかってるよ。昨日だって動画見て練習したんだぜ。今まで音楽はペーパーテストでしか取ってなかったけど、意外と音楽の才能あるのかもしれないな」


「調子に乗り過ぎ。まだ子どもの頃のウチの方が上手いから」


 宇佐美と笑いながら、校舎を出た時、


「―――――っ!?」


 悲鳴に似た声が聞こえた。


 なんだ?


 立ち止まって振り返ってみるが、誰もいなかった。


「なんか今、変な声が聞こえた気が……」


「宇佐美も聞こえたのか。なんだったんだろうな?」


 しかし、いくら周りに目をこらしても、誰もいない。


 あの悲鳴、どこかで聞いたことがあるな……。


「いや、気のせいか」


「そうかもね。この学校、野戦病院だったらしいし」


「恐いこと言うなよ。これから旧校舎に入るの恐くなるわ」


「だっさ〜。男のくせに」


「あ、時代遅れの発言だ」


 俺達は笑いながら、校門を出て行った。


 ★★★


 危なかった。


 もう少しで良介くんにバレるところだった。


 でも、実際危ないことが起きた。


 良介くんが……女子と一緒に仲良く2人で帰っている……っ!?







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