第55話 隠していた想い

 ★★★


「なぁ、俺じゃないと駄目なわけ?」


 藤木が宇佐美ウチに訊いてくる。


「絶対ダメ」


 駄目なんだよ、藤木。


 アンタじゃなきゃ。


 ♦♦♦


 物心つくときから、歌を歌うのが好きだった。


 両親の仲や性格は普通。


 ただ、一般の家庭より裕福で一人娘のウチに甘かったから、欲しいものはなんでも手に入った。


 私がねだったものはすべて音楽に関係するもの。


 最初に買ってもらった楽器はカスタネット。今でも机の中にある。誕生日の度に楽器が増えていった。


 今では吹奏楽部の人より弾ける楽器は多いと自負している。


 ちなみにアコースティックギターは小学4年生の頃に、エレキギターは小学6年生の頃に買ってもらった。


 いつの間にか歌うだけに飽きると、自分で音楽を奏でたくなった。


 そこでお母さんに『作曲したいからパソコン買って』と懇願したところ、誕生日にノートパソコンと作曲ソフトを買ってもらった。


 それから毎日学校から帰ると、ノートパソコンを持ってベッドにダイブし、毛布にくるまってひたすら作詞・作曲した。


 小学6年生の頃、とあるアニメに出会った。


 バラバラの個性を持つ女子高生達がひょんなことから集まって、バンドを組むアニメ。


 とてもかっこよく見えた。


 ―――ウチもバンドを組みたい!


 そう思ったウチは、学区を越境して軽音楽部のある中学校に通った。


 同級生3人とバンドを組むことができ、文化祭での発表を目指して日々練習した。


 練習した日々はとても楽しかった。


 そして迎えた初めての文化祭でのステージ発表。


 そこで受けた拍手喝采、思いがけないアンコール、文化祭後のクラスの称賛の声。


 お年玉よりも、今までで一番嬉しかった。


 ウチらの歌、もっと色んな人に聞いてもらいたい。


 朝起きて、曲を作って、バンドのメンバーと練習して、その成果を発表して、聞いてくれた人を感動させて、満足してベッドに潜りたい。


 そんな人生を歩みたい。


 そのためには、たくさんの人に聞いてもらい、プロの人にも実力を認めてもらわなければならない。


 一番いいのは、路上ライブだ。


 だからバンドに思い切って路上ライブするを提案した。


「やってみようよ!」


「え、もしかしてマジ?」


 バンドメンバーの冷たい声音と視線に対し、


「じょ、冗談だよ~。なに本気にしているの?」


 と本心を押し殺した。


 内心、ものすごく残念だった。


 ウチらの中で音楽で生きていきたいのはウチだけだったんだ。


 そこから、バンドに対する熱が急速に冷めていった。


 ――――ソロで活動しよう。


 そう思ったウチは、ソロで路上ライブすることにした。


 ちょっと遠い場所で。


 制服を着ていると身バレするから、速攻で家に帰ってストリートな服装に着替えて。


 アーティスト名は『hachiwoハチヲ』。


 身バレを防ぎつつ、自分のエッセンスを入れようと考えた結果、本名の”七緒”の数字を一つ上げるという結論に至った。


 黒いキャップを目深く被り、ギターを握る。


 緊張と知り合いに遭遇する恐れでバクバク鳴る心臓に喝を入れて1回目は―――失敗に終わった。


 1時間もやったのに、誰も止まってくれなかった。


 それが悔しくて、ハートに火がついた。

 

 2回目やった時は、変なおじさんに出会った。

 

 金もくれたが、下心が見えたので「迷惑なんですけど」と叫んだ。


 3回目からは定期的に場所を変えるようにした。


 みんなの塾の日を聞いて、皆の多くが塾に通う金曜に路上ライブした。


 相変わらず下心で話しかけてくる人もいたけど、純粋に音楽を聞いてくれる人もいた。


 やがて動画投稿サイトにも自分で作った曲や路上ライブをあげた。


 結局、中学の頃は3000再生が最高だったけど。


 高校生になっても路上ライブは続けた。


 でも、なかなか結果が出ない。


 演奏技術は上がっているはずなのに、足を止めてくれる人が少ない。


 ―――もっと有名な曲を歌わなきゃ。


 ―――みんなが感動するような歌詞を書かなきゃ。


 ―――もっと露出の高い服を着た方がいいのかな?


 そのように自問しては、媚びを売る音楽なんてまっぴらごめんだと心の中で怒鳴る。


 迷走して挫けそうになったウチは、毎週金曜日20時に必ず路上ライブをやるというルールを課した。


 そのルールを破ったことはなかったけど、そのかわりどんどんつまらなくなっていった。


 最初は楽しくてやっていたことが、だんだんと義務感に変わり、つまらなくなってきた。


 ついでに、将来に対する不安で、思うように演奏ができなくなっていた。


 ――――このまま、ウチは音楽で食べていけるだろうか? 


 ――――10年後もこうやって路上ライブやっている貧乏な人間になってしまうのだろうか?


 ――――音楽の才能なんてないんじゃないのか。


 ――――そもそも、なんで歌っているんだっけ?


 ウチのメンタルはボロボロだった。


 そんな時、藤木アイツに会った。


 ♦♦♦


 今日も路上での演奏が終わり、ふぅーとため息をつく。


 2人のお客さんがチップを入れてくれて、立ち去る。


「あのっ!」


「――――っ」


 久しぶりに声をかけられた。


 下心ある奴だったら嫌なんですけど……。


 身構えながら声をかけてきた人物を見る。


 あれ、チェック柄のズボン……どこかで見た気が……。


 ブレザーまで見たところで、


(やば、ウチの制服だ……!)


 ベースボールキャップの唾を下に押し込んで目を隠す。


 こんなところまで来ないでよ。


 まさかとは思うけど、ウチを付けてきたんじゃないよね?


 もしウチのクラスにバレたら、からかわれるっ。


 やばい、しゃがんできちゃった。


 やめてよね?


 ウチのストーカーとかで、弱みを握って脅してくるとか、マジでやめてよ……。


 ウチはキャップを深く被り直し、目線を足元に落とす。


 とにかく、ここは限界までしらばっくれよう。


「めっちゃ感動したっす!」


「えっ……?」


「あの、俺、小説書いてるんすけど、新人賞何度も落ちて、自信無くして、やめようかなって……」


 何こいつ……? 急な自分語り?


「でも、アナタの歌を聞いて、すごい感動して。勇気出て。もう一度挑戦しようかなって思えたんす」


「――――っ」


 そうだった。私がここで歌っている理由は、売れるためじゃない。


「すみません。急にこんなこと言われてもって感じっすよね。でも、どうしてもお礼伝えたかったんです。奮い立たせてくれてありがとうって」


 肩がぴくっと震える。


 目頭がつーんと熱くなる。

 

 だめ、涙をこぼしちゃ。顔を覗き込まれちゃう。


「俺、頑張ります。帰って、書きます。ありがとうございました。いつか、有名になって、作家になって、アニメ化したとき、俺のアニメの主題歌を歌ってほしいです。そんな関係になっていたいです。だから、頑張ります。そして、応援してます」


 ウチは歯を食いしばった。

 

「ありがとうございました」


 500円を小さなバケツの中に入れて、男子高校生はお辞儀した。


 ウチはバレないように、滲む視界の中で男子高校生の顔を見た。


 ―――同じクラスの藤木じゃん。


 藤木はダッシュで私から離れていった。


 そっか、こいつもウチと同じで馬鹿な夢追ってるんだ。


 何度挫けても、立ち上がって、追っているんだ。


 胸の鼓動がどんどん早くなっていき、顔も熱くなっていく。


 ああ、ウチ、コイツのことが好きだ。


 こんな出来事で、好きになっちゃった。


 救われちゃったんだ。


 ―――なぁ、七緒。まだ歌い続ける覚悟はあるか。ギターを弾く覚悟はあるか。


 ぜいたくな夢を叶えるなら、馬鹿にならないと。


 ウチは誰にともなく言う。


「帰ろうと思ってましたけど、なんか続けます。自分のために」


 そして、ギターの弦を押さえる。


 その夜の演奏は、いつもより観客が少なかったけど、とても楽しかった。


 ★★★


「藤木じゃないといけない……」


「どうしてだよ」


「どうしても……言えないけど……どうしても」


 宇佐美がかつてないほど苦い顔で言っている。


 心なしか、頬が赤くなっている。今にも泣きそうだ。


 たぶん夕日と重なっているから、そう見えるだけなんだろうけど。


「……………………」


 決めた。


 なんで俺じゃないといけないのか分からないが、宇佐美がこんなに言うなら、やる!


 良い経験になるし。


 体育祭でバカみたいにはしゃいだんだ。


 文化祭でもはしゃいでもいいだろう。なんとなく文化祭を過ごすよりずっといいはずだ。


 なにより、俺のクソ恥ずかしいポエムを音楽にした。


 そんな人間の頼みを断ることは、無下にすることは出来ない。


「やるからには、目標を決めたいな」


 宇佐美の顔に差していた影が、ぱーっとなくなる。


「もちろん、スタンディングオベーションでしょ!」


「乗った!」


 この日、2ピースバンドが結成された。


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