第54話 立ち入り禁止の先
宇佐美に連れられた場所は、旧校舎だった。学食だからよく来る場所ではあったが、2階から上は立ち入り禁止となっていて入ったことがない。
「学食で話すのか?」
「なわけ」
宇佐美は旧校舎の階段前にある『関係者以外立ち入り禁止』の看板を大胆にどかして登る。
「おいおい、停学はごめんだぞ」
「何言ってんの? 日中は立ち入り禁止だけど、放課後は軽音部の活動場所になるから」
「へぇー」
知らなかった。
俺達は新校舎よりも低くて汚い階段を上がっていく。
日中使われてないだけあって、ボロい校舎だな。それに薄暗くてジメジメしてる。夜は絶対怖い。
ギターを背負っているのに、やけに足取りが軽い宇佐美に連れていかれた場所は、3階の一番奥の教室だった。
「うわぁ、ぐちゃぐちゃ……」
机が後ろ雑に追いやられ、楽器やら楽譜立てやらが規則性なく置かれている。壁も傷だらけで、そのうえ落書きまでされている。ライブハウスの楽屋ってこんな感じだったよな。
しかし、ドラムやベース、エレキギター、それにキーボードがセットされていたので、演奏できる環境は整っていた。
「バッグ、そこらへんに適当に置いちゃっていいよ」
宇佐美はギターを丁寧に床に置き、アコースティックギターを取り出す。
「もしかして、演奏するのか?」
「色々説明するよりも、まず聴いてもらった方が早いから」
テキパキと演奏準備を始める宇佐美。顔つきも普段の斜に構えた憎たらしい顔は一切ない。
美人アーティスト。
その言葉が頭に浮かんだ。
「―――よしっ…………って、何見てんの?」
「あ、いや……」
「ふん、ウチの美貌に惚れたか」
「そんなわけないだろ」
間違っても綺麗だなんて言ってやるもんか。負けた気になる。
「それよりも早く弾いてくれ」
「それもそうだね」
宇佐美はすぅーっと息を大きく吸って、吐いた。
真剣な顔になる。
「じゃあ、やります」
宇佐美はギターを弾き始めた。
「――――っ!」
出だしから引き込まれるイントロ。
俺に語りかけるような優しい歌声。
歌詞に合わせて表情を変化させていく。
ぶるっと全身から寒気がして、遅れて鳥肌が立っていたことに気付く。
――――――――本当に高校生か?
いやそれよりも、この詞、俺のめちゃ痛ポエムじゃねぇか!?
顔が熱くなる。
でもそんなの一瞬で、すぐに恥ずかしさがなくなった。
俺の痛ポエムがちゃんと歌になってる。作詞の才能があると錯覚するくらい。
「♪〜」
綺麗なビブラートだ。
――――あれ?
この歌声、どこかで聴いたことあるような。どこだっけか?
思い出せないまま、それでも耳だけはしっかり傾けたまま歌に聴き惚れていた。
歌が終わり、辺りが急に無音になる。
「………………………なんか言ってよ」
「あ、ごめんっ」
遅ればせながら拍手をする。
余韻に浸って、曲を聴いたあとの行為を忘れていた。
「で、どうだった?」
「すごい良かった。本当に宇佐美1人で作ったのか?」
「当たり前でしょ」
「だとしたらマジですげぇよ。めっちゃいい。マジで」
「嘘っぽい」
「嘘じゃねぇって」
「そう」
珍しく顔を真っ赤にさせる。必死に何ともない表情をつくろってはいるが、残念。笑みが溢れてしまっている。
いつもそういう表情していれば、彼氏だってすぐできるのに。
「つか、どこかで聴いたことあるような歌声だったな」
「気のせいじゃない? そんなことより、この歌を文化祭で歌うのよ」
「へぇー。頑張って。絶対聞きに行くよ」
「何言ってるの? アンタも参加するんだよ」
「は? 冗談―――」
「冗談じゃないから。だからアンタをここに呼んで、わざわざ聴かせたんじゃない」
「え、嘘でしょ」
「何回も言わせないで」
宇佐美が真面目な顔で言う。どうやら冗談は言っていないようだった。
俺としては目立ちたくないし、恥かくから絶対に出たくない。
「待ってくれよ。楽器なんて持ってないぞ」
「大丈夫。楽器は貸してあげる。軽音部に楽器余ってるし」
「楽器弾けないし」
「みっちり教えてあげる」
「音楽の成績だって悪いぞ」
「関係ないから」
手強い。
俺の逃げ道がことごとく潰される。
「なぁ、なんで俺なんだよ?」
純粋な疑問をぶつけてみた。
去年の文化祭では1人で出ていた。大して上手くのない人と演奏するくらいなら誰も言わないとばかりに。実際、レベルは高かった。
なのに今年は俺と?
他の軽音部ならわかるが、楽器未経験者の俺を誘うのは謎だ。双方にメリットがないわけだし。
「それは~作詞者は藤木だし、藤木のおかげで曲が生まれたからね」
宇佐美が明後日の方向を見て答える。
「いや、俺じゃなくてもいいじゃん。俺が書いたってバラさなきゃ、演奏していいからさ」
「ウチは曲を作った人が歌うべきだと考えているの!」
「作ったといってもなぁ」
作詞しようとしてポエムったわけではないし。
「藤木だって、自分が作詞した曲を弾きたいと思うでしょ?」
「うーん……」
そりゃあ、スマートに弾くことができたら、出てみたい気持ちもある。
でも、文化祭まであと1か月もないのだ。
日々の学校生活があるし、小説もある。練習する時間は十分に取れない。
仮にステージに出たとしても、素人同然の演奏しかできない。そんなの、宇佐美が求めるものじゃないだろう。
「俺じゃないとダメなわけ?」
「……ダメ」
「どうして?」
「だって……」
宇佐美は口ごもった。
こいつの中の何が、そうさせるんだ?
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