第53話 ありがとう
★★★
―――やっぱり知っていた。
そうであれば、澪のぎこちない納得が行く。欠けていたピースがピッタリはまり、モヤモヤしていた気持ちがすーっと晴れていく。
「ごめんなさい」
「えっ?」
澪が深々と頭を下げる。
「知っていたのに黙ってて」
「いや、それはいいんだけど」
「よくないよ。盗み見ちゃったんだもん。良介くんが小説を書いているところ」
たまたま視界に入っただけだと思う。
「初めて良介くんに話しかけたの、あなたが私が読んでいた小説の作者って知ってから話しかけたの」
「そうだったのか」
「ごめんね。良介くん、前に良い人って言ってたけど、全然違うんだ」
澪はポツポツと自白する。
「好きな作家だから話しかけたり、気にかけたりしたの。故意ではないけど、盗み見たことも棚に上げて、知らないふりで話しかけて……」
澪は再び頭を下げた。まるで、取り調べ室で犯した罪を後悔する被疑者のように。
「だから……ごめんなさい」
じゃあ、あなたがミヲすけさん……。
聞こうとして口を開け――――
「――――っ!」
俺は口を閉じた。
アカウントの特定なんてやっちゃ駄目だろ。たとえそれが合っていたとしても、よくないことだ。
澪がミヲすけであろうとなかろうと、どうでもいいことじゃないか。
大事なのは、彼女が俺の拙い小説の読者かどうかだろ。
だから俺が伝えるのは――――
「読んでくれてありがとう……」
「えっ……」
「俺のファンでいてくれてありがとう」
それでも俺は感謝を伝える。
「あなたが読んでくれたから、人気が出なくても、読まれてなくても頑張れる。あなたが俺の初めてのファンだから……」
言いながら、鼻がツーンとした。
今まで小説を投稿してきたけど、固定ファンはつかず、星もつかず、読んですらもらえないことが多かった。
そんな俺に、初めて固定ファンがついた。
死ぬほど嬉しかった。
どんなに辛くても、ストーリーが思いつかなくても、ミヲすけさんが読んでくれただけで挫けずに投稿できている。
「本当にありがとう」
深々と頭を下げた。
「違うよ。良介くん」
優しい声音に、俺はゆっくりと頭を上げた。
「こんなに面白い物語を読ませてくれてありがとう。私、応援とか、良介くんのために何もできてないけど。でも、誰がどんな評価でも、読んでくれなくても、私は自信持ってあなたの作品を好きって言える」
「澪……」
「書いてくれて、ありがとう」
胸が、目頭が熱くなる。
そうだった。
思い出した。
俺がラノベ作家を目指したきっかけは、小3の時になんとなく書いていた物語を読んだ幼馴染に「面白い」と言われたことからだった。
そう言われたのが嬉しくて、もっとみんなをワクワクさせたいと思った。初めて夢ができた。
「じゃっ、じゃー、帰って続き書かなきゃね!」
忙しなく澪が伝票を持って立つ。
「えっ、もう帰るの?」
「うん。そろそろ門限出し、なにより帰って良介くん―――いや、有栖リオンさんの作品読まないといけないからね」
「なっ!」
なんて意地悪な顔で言うんだ。
「さ、行こっ」
「あ、ちょっ!」
俺は澪の背中をついて行った。
会計を済まして店を出ると、ひゅうと秋風が吹いた。
ちょっと寒いな。
夜ってこんなに涼しくなってたっけ?
「もー夏は終わったね〜」
「そうだね」
ふと、夜空を見上げる。
幾千万の星が瞬いていた。
体育祭の打ち上げの時に澪と一緒に見た月夜も綺麗だったけど、今日のは別の綺麗さがある。
星空に見惚れていてると、
「ねぇ」
澪がこっちを向く。
「ひとつ気になってたんだけど」
「?」
「どうして有栖リオンってペンネームなの? 良介くんの名前に1文字もかすってないよね?」
うっ……純粋無垢な顔で痛いところ突いてくるとは。
言えない。
かっこいい名前だと思ったからって……。
中2の時につけた弊害だ。
どうせ身バレすることなんてないと思って当時の自分が思う超絶かっこいい名前だと思ってつけたにすぎない。
結果からいえば、厨二病というやつだ。
「なーんか、忘れちゃったな」
「え〜嘘だぁ〜」
俺は最後まではぐらからした。
その日の夜、最新話が初めて初日投稿14PVまでいった。そのうち、応援がミヲすけさん以外に2つついた。
これは、澪の祝福かな。
♦♦♦
帰りのホームルームが終わる。
今日一日、澪とあまり関わることができなかった。どの休み時間も女友達が澪の周りに集まってきて、話す隙が見つからなかった。
いつもの俺だったら、トボトボと下校していただろう。
でも今日は違う。
意を決して帰りに澪に一緒に帰ろうと誘う!
水族館デートの件で、俺は澪ともっと近づきたいと思った。
クラスの中で誘うのは恥ずかしいけど、ここは男見せる時!
「あー、み―――」
「藤木!」
隣から俺を呼ぶ声が、俺の呼びかけをかき消した。
なんつー、でかい声だ。
だが、ここは断腸の思いで澪の方を向く。
「み―――」
「藤木ィ!」
グイッと肩を引っ張られ、強制的に声のする方へ向いた。
「なんだよ宇佐美」
「はぁ? 何そんなウザそうな態度してんの?」
「そりゃあうざいからだよ――――うっ!!!」
今度はネクタイを引っ張られた。
く、首が絞まる……っ!
「これな〜んだ?」
薄汚い紙っぺらを一枚出してきた。
「そんなもん出されても…………っ!?!?!?」
あ、あれは……現代文の授業で書いた激痛ポエムっっ!!!
ど、どこでそんなものを……。
勝ち誇った顔の宇佐美が言う。
「このあと、空いてるよね?」
「…………はい」
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