第52話 実は……

「最近はカクヨムかな」


「カクヨム……」


 心臓がどくんと鳴る。


「あと、野いちごとかもよく読むよー」


 澪はタコライスの最後の一口を食べた。


 野いちごは恋愛小説が強いWEB小説サイト。恋愛モノが好きな女子であればカクヨムよりも野いちごの方を見るだろう。


 だが、カクヨムでもラブコメや恋愛ジャンルは投稿されている。


 そして俺の投稿している小説ジャンルはラブコメ。


 俺は高鳴る心臓を必死に押し殺して訊く。なるべく自然なように。


「よく読むジャンルとかあるの? 異世界転生とか?」


「基本、ラブコメかな~。ねぇねぇ、デザート食べる? ここのデザートも結構お洒落なんだよ?」


「ああ。じゃあえーっと……バニラアイスにしようかな」


 メニューを吟味する余裕がない俺は、たまたま目に留まったものを選んだ。澪はいちごのパンケーキを選んだ。


 澪が店員に注文を受けてもらっている姿をじっと見ながら、俺は息を呑んだ。


 ほぼ確定だ。


 渚波澪は、ミヲすけさんだ。


 そうであれば、俺にだけおかしな対応も、今こうして夕食を共にしていることも理解できる。


 そう思った瞬間、顔が熱くなり、叫びたい衝動が込み上げる。


 うわぁぁぁっっ恥っっずいいっっ!!!


 俺の願望を文にしただけあって、結構恥ずかしいことを小説に書いちゃってる。


 ヒロインのパンティを見てしまったりや胸を触ってしまったりと、ラッキースケベ展開を何回も書いてしまった。


 ぜってー俺のことムッツリスケベだと思っている。誤解だ。あれは願望もあるけど一番はウケると思って書いてるだけなんだ。


 ……まぁ、現実世界でそんなラッキースケベ的なことが起きないから。せめて創作の世界ではそのようなことが起きて欲しいと思ってさ。


 でも、そんな恥ずかしい気持ちよりも嬉しい気持ちが上回る。


 学校1位の彼女が、誰にでも優しくて高嶺の花である彼女が、俺の拙くて人気ない小説のファン……。


 澪が……。


「君が……」


 ―――ミヲすけさんだったんですね。


 そう言おうとして、俺は口をつぐんだ。


「……ん?」


 澪が首を傾げる。


「あ、いや…………デザート楽しみだなって。どんなバニラアイスなんだろう?」


 俺は誤魔化した。


「あー、どうなんだろう? もしかしたらシロップがかかっているかもね! ここのデザートってベリーが軸だし」


「ブルーベリーじゃないことを祈ろう」


「ベリー系苦手?」


「食べられなくはないけど、好んで食べないかな。給食のぶどうパンとか嫌だったし」


「なんか、想像できるかも」


 澪が艶やかに笑った。


 ミヲすけさんかどうかを訊くのは今じゃない。訊くなら食べ終わってからだ。重苦しい空気になってしまったら、デザートが美味しくなくなる。


 澪と会話を楽しみつつ、真実の切り出し方を考えてデザートを待つ。


 そもそも、どうやって訊くのが正解なのかな。


 いや、訊くよりもまずは自分のことを話すのが先だろう。


 人に名前を訊くときは、まず自分から。


 まずは自分が小説を書いていることを伝えなければならない。


 呼吸が少し荒くなる。


 相手はすでに知っている可能性があるというのに、緊張してくる。


 多分、小学校4年生の国語の授業のせいだ。


 将来の夢を作文に書く授業で、ラノベ作家になることを作文にしたところ、同級生に馬鹿にされた。あの時から、自分の夢を語るのが恥ずかしくなった。


 だから未だに中学校の時の陸上部の友達にも、山下にも家族にも小説を書いていることを話せていない。


 俺が臆病なだけだってわかっている。澪が絶対に馬鹿にしないということもわかっている。


 それでも話すのは、勇気がいる。


「お待たせしました~」と店員がデザートを持ってきた。シンプルなバニラアイスが目の前に置かれた。よかった、これなら食べられる。


「おいしそう~。よかったね。ブルーベリーが乗っていなくて」


「ああ。あったら食べてもらっていたかも」


「う~ん。あんまり食べちゃうと太っちゃうからー」


 冗談でしょ。運動していないのにその体型なんだからさ。


「おいしそう~」


 澪は心底嬉しそうに写真を撮り、いちごのパンケーキを食べる。


 とても幸せそう。見てるだけで癒される。


 俺はアイスを一口食べる。口の中にキーンと広がる冷たさが、緊張と不安で熱くなった心を冷やす。


 澪と心の距離を縮めるために、勇気を振り絞る時は今だ。


 デザートを食べ終わった後、必ず伝える。


 覚悟を決めてからは時の進みが早く、気付いたら互いにデザートを食べ終えていた。


「はぁー美味しかった!」


 満足そうな表情で澪が伸びをする。


 言うなら、ここだ。


 俺は背筋を伸ばし、澪と正面から向き合う。


「あのさ」


 澪が俺の目を見る。


 どくんっ、どくんっ、どくんっ、どくんっ!


「あのさ、実はさ……」


 意を決して。


「実は俺……っ、小説書いてるんだ」


 心臓がバクバクいっている。


 今にも飛び出しそうなほど。


「…………………」


 澪は口を閉じ、何かを悟った顔をした。


 澪は少し黙った後、静かに、ゆっくりと告げる。


「うん、知ってる」


 澪が俺の目をまっすぐ見る。


「良介くんが打ち明けるずっと前から……知ってる……」


 ★★★


「俺……っ、小説書いているんだ」


 あぁ、最低だ。


 良介くんに言わせてしまった。


 このタイミングで聞いてくるってことは、きっと私が読者であることに気付いている。その前から質問が小説関係のことだったから、まさかとは思ったけど当たりだった。


 必死に気にしないように、何も知らないかのように振舞ったけど、良介くんは覚悟を決めた。


 だから言ってきたに違いない。


 多分、今からでもはぐらかすことはできる。


 でも、はぐらかさずに答えよう。


 良介くんの覚悟に、私も真摯に向き合おう。


「うん、知ってる」


 良介くんの目をしっかり見る。


「あなたが打ち明けるずっと前から、知ってる」


 そう告げると、良介くんは少しだけ目を見開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る