第51話 探り
「17時半に予約していた渚波です」
俺より10㎝ほど高い、スラッとしたイケメンの店員に澪が伝えた。
店員はぎょっと澪を見た後、俺の方を見た。そしてまたぎょっとした。
おい。なんだそのありえないといった表情は。気にしてんだよ。ほっとけ。
店員は謎の咳払いをし、俺達を席に案内した。
まぁ、店員の気持ちもわからなくはないけどさ。
席に着くなり、俺は店の窓から広がる絶景に驚く。
「きれい~」
窓いっぱいに広がる海。その海に沈みゆく太陽が見せる茜色の光。
まるで映画のワンシーンだ。
席に座り、テーブルの上に置かれたメニューを開き、2人で見る。
メニューに載っている写真はどれもシャレた盛り付けがされていたが、見た目に反して安い。それに豊富だ。
どれも美味しそうで選べない。
「良介くんは決まった?」
「いやまだ迷い中。澪は決まったの?」
「私はこのトンガリタコライスかな。実は、このお店に決めた一番の理由はこのタコライスなんだよね」
確かに高校周辺ではない料理、それもなかなか見ない形で。
「そうなんだ。じゃあ俺は~…………カルボナーラにしようかな」
「それも美味しそうだよね!」
「うん。それにパスタの中で一番好きなんだよね」
「同じ! 私もパスタだったらカルボナーラが一番!」
一緒か。俺達って意外と食べ物の相性も合うのかな?
小さな喜びを噛みしめつつ店員を呼び、注文した。
一息ついたところで、澪が呟く。
「この場所、前から気になってたんだよね」
「夕日がめっちゃ綺麗だもんな」
加えて内装がシックな南国風だったら、一度は行ってみたいだろう。軽く遠出した気持ちにもなれるからな。
「よく見つけたよね。俺だったらこんな店見つけることできないよ。店探しとか苦手だし」
「そうなの?」
「うん。いつも同じ場所いっちゃう」
近場のファミレスとか、ラーメン屋とか。
「あの……良介くんって、馴染みのお店に通うのが好き? それとも新しいとこに行くのが好き?」
「馴染みの店かなー」
馴染みの店がある方が大人っぽいし、作家っぽい。プロで売れている作家とか、馴染みのバーで女性をエスコートしているイメージがある。俺も将来、澪をそこにエスコートできたら嬉しい……なんて、高望みし過ぎか。
「へぇーそうなんだ」
「澪は?」
私はー、と澪が少し間を挟んで、
「新しい場所に行くのが好きかなー」
「そうなのか」
澪がやや下を向く。選択肢ミスったか?
焦り始めると、澪がちょっともじもじしながら、
「じゃ、じゃあー……ふっ、2人で、新しい店に行きつつ、その中で気に入ったお店を馴染みにしていけたらいいね」
え、それってどういう意味で言っているんだ……?
もしかして―――
「そういえばさ……体育祭、お疲れ様!」
先程まで浮かんでいた疑問は霧散した。
「あ、ああ、お疲れ様。でもどうしたの、急に改まって」
「うん。言えてなかったから。良介くん、体育祭後すぐに体調崩しちゃったし」
そういえば、体育祭が終わった後すぐに風邪ひいたんだった。
改めて体育祭が終わったと感じ、しみじみとした。
色々あったけど、今年の体育祭が一番良い体育祭だったな。多分、一生忘れない。
「あのあと、その……なにか変化あった?」
「変化?」
「たとえば、女子から連絡来たとか、話しかけられたとか……」
「いや、特には……」
強いて言えば、苅部から嫌な視線が来なくなったことかな。でもそれは伝えなくていいだろう。
「ほ、ほんとうっ?」
めっっっっちゃくちゃ目を輝かせてる……。
「ほんとのほんとにっ!? ほんとうにっ!? クラスの女子とか、他のクラスの女子とか、他校の女子から連絡来たりしてない!?」
「ないよ」
他校はどう考えてもないでしょ。うちの体育祭は他校の生徒は敷地に入れないし。
「そ、そうなんだ~」
安堵の息を吐く澪。よかった~、と言わんばかり。
それはちょっと酷くない? 俺だって青春過ごしたいよ? 出来ることならたくさんの女子から好かれたいよ?
「なんで急にそんな話を?」
「だっ、だって凄かったから。……リレーとか」
「あー……」
そりゃあ中学の頃陸上部だったからね。
「でも足速い人がモテるのは小学生のときぐらいじゃない?」
俺にはそんなこと1ミリもなかったけど。
「障害物競争も……好評だったみたいだけど?」
「そうなんだ。でもあれってかっこいい~というよりは、ウケる~って感じじゃない?」
「真面目に取り組む姿がかっこいいって評価もあるよ」
「なんか具体的な意見だな。そんなこと言ってた人がいるの?」
「…………知りたいの?」
「知りたい、かな」
女子だったら、という言葉は飲み込んだ。なんか言っちゃいけない気がした。俺の本能がそう言っている。
「へぇー。知りたいんだー。へぇー。へぇー」
どんどん声が低くなっていく澪。心なしか俺を見る目も厳しくなっているような……。
身体から嫌な汗が噴き出してくる。
あれ、おかしい。なんでこんな空気を味わなきゃいけないんだ?
そもそもどうして澪にこんな目で見られなきゃならないんだ?
もしかして嫉妬―――。
いや待て。天下のミスコン1位が俺に嫉妬するわけがない。
仮に嫉妬するのだとしたら、彼女がミヲすけさんで俺のファンであるならばだ。
やはり、訊くしかない。
「も、もし―――」
「失礼しますー」
店員が料理を置く。
「カルボナーラと、トンガリタコライスです」
「あっ、ありがとうございますっ! わぁー綺麗ー!」
澪がスマホを出して写真を撮る。
撮りたくなる気持ちはわかる。
だって、写真以上に美しく盛り付けられてきたのだから。
カルボナーラって白いイメージがあったけど、目の前にあるのは黄金色に輝いていた。
適量のスープとパスタ。こんがり焼けたカリカリのベーコン。パスタの頂点には、胡椒が散らされている。
腹がきゅーっとなる。こんなに美味しそうなカルボナーラは初めてだ。
俺も写真に残しておこう。
料理にカメラを向けてシャッターを切る。
パシャリ! パシャリ!
あれ、なんか2回鳴ったような?
ふと前を見るとカメラのレンズが俺の方を向いていた。
「あっ……」
澪はスマホをすぐに机の上に置いた。
「さーて、冷める前に食べようかな」
両手を合わせて「いただきます」と言ってスプーンを持つ。
「えっと、もしかして俺のこと撮っ――――」
「いただきますっ! う、うわぁー。お洒落過ぎて崩すのためらっちゃう~」
そう言いながら澪は円錐型のタコライスに思いっきりスプーンをぶっ刺して崩していた。暴走している?
まぁ、深くは気にしないで俺も食べよう。
カルボナーラを食べると、見た目通り美味しい。
緊張で昼食を少なめにした俺にとって、このカルボナーラは悪魔的に美味い。
……なんでか、澪がチラチラと俺の様子を窺っている。食べづらい。
あー、おっほん、と澪はわざとらしく咳払いした。
「えっと、あのあの、そのカルボナーラ、美味しそうですね」
「うん、めっちゃ美味い。俺の作る塩パスタとは大違い」
よく休日に作るが、味が淡泊すぎて美味しくない。でも満腹感が得られるし、手頃に作れるから休日の昼はいつもこれになるんだよな。
「ところでっ」
「ところで?」
「わわ、私のタコライスも……美味しそうじゃあ……ないですか?」
棒読みと言うか、ぎこちないというか。ロボットのようなトーンで言ってきた。
「……うん、美味そうだね」
「味、興味あるよね?」
「あるっちゃーあるかな。タコライス食べたことないし」
「ならっ!」
自分でも大きな声が出てしまったのか、澪自身が驚いて言葉を止めた。すぅーはぁーすぅーはぁーと息を整える。
「………じゃあ、一口ずつ交換してみる?」
「そうしようかな」
「いいの!? やった!」
ぱーっと澪が嬉しそうにした。
そんなに恐る恐る訊かなくても、欲しいなら欲しいって素直に言ってくれればあげるのに。
「じゃあ――――」
俺は手早く小皿に移して澪に渡した。次いでまっさらな小皿を澪に渡す。
「ここにのせて」
すると、澪ががっかりした顔をしている。
なんで? 俺としては気を使ったつもりなんだけど。
がっかり顔もすぐ引っ込み、澪はすぐに小皿にタコライスを移してくれた。
受け取ったタコライスを口に含む。
うん、美味い。雑穀米がいい味出している。
ところで、どうやってミヲすけかどうか確認しようかな?
さっきは単刀直入に訊こうとしたけど、よくよく考えたらそれはナンセンスだよな。
まずはジャブを打つ。
「そういえば、休みの日って澪は何してるの?」
「うーん、勉強かなー」
勉強か……。
さすが、学年トップクラスの学力を誇るだけあるな。
「予備校行ってないから、毎日勉強しないとすぐに置いていかれちゃう」
「運動はしているの?」
澪は運動部には入ってない。だが、体育の成績は良いし、リレーの選手になるほど足も速い。なら運動も常日頃行っているのだろう。
「いや、運動はあまりしてないかな。得意じゃないし」
嘘でしょ?
じゃあなんであなためっちゃ運動できるの?
もしかして、自分の身体を的確に動かせるタイプの人間?
天才の部類か?
「嫌いじゃないんだけど、運動よりも本読んじゃうなぁ……」
ここだな。ここの質問からミヲすけさんへの手がかかりを探る。
「どんな本を読むの?」
「基本は小説かなー。あとは授業で気になった分野を深掘りするくらいで」
「小説かー。恋愛もの読んでそう」
「アタリ! なんでわかったの?」
「なんとなく。女子って恋バナとか恋愛ドラマとか好きそうってイメージあるから」
「あー、でも中学校の頃は読まなかったなぁ。ミステリーばっかり読んでた。高1の時に電車で読むための恋愛モノの本買ったらハマっちゃって!」
「そうなんだ。誰の小説読んでるの?」
「名前言ってもわからないと思うよー? マイナーな物ばっかり読んでるから」
「もしかしたらわかるかも。俺もよく本読むし」
ラノベが中心だけど、わかりやすい表現や感性を学ぶために色んなジャンルの小説を読んでいる。文章力が身についているかはわからないけど。
「集めているのは
知らない……。誰だそれ。
「最近はWEB小説ばっかり読んでる」
「WEB小説……」
やはり知っていた。
「凛子に薦められてから見るようになったんだ。まだ世に出ていない作家のタマゴ達の作品は、荒削りだけど読んでいて面白いんだよね! 編集者を通していないから、その人本来の想いが小説に入っている……ような気がするし。もちろん、それが良いか悪いかはわからなけどね」
「実際にデビューしている人もいるもんなー。ランキングトップの作品なんかは、編集者から声がかかっているかもしれないし」
うんうん、と澪が頷く。
俺は何気なく聞いてみる。
「よく読むサイトってある?」
「あるよ!」
澪は笑顔で続けた。
「最近はカクヨムかな」
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