第49話 初デート!

「…………………はっ」


 澪と目が合ったまま数秒間経ったところで、俺はやっと正気を取り戻した。


 とりあえず挨拶だよな。


「あーえっと……よぉ!」


 俺は右手をあげつつ、石像のように硬直している澪に近寄った。


「よ、よぉ……」


 ぎこちなく右手をあげて挨拶した。


 完全に俺と同じポーズを取ってるよな。わざと?


「早いね。これ、20分前に着く電車だけど」


「そ、そうかな? 1本逃しちゃって焦っちゃったんだけど」


「え? 1本前って、この電車より7分前に着くやつだけど」


 それは早すぎない?


「良介くん、10分前集合とかしそうだし、ま、待たせちゃ………悪いかなって……」


 どんどん声が小さくなっていく。澪は頬から耳にかけて真っ赤っか。


 確かに10分前集合とかするけど、27分前に着いているのはちょっと異常だと思う。受験会場に着くレベルの到着時間だぞ。


 少し呆れた目で見ていると、俺の心情を読み取ったのか、澪は拗ねた子どものような目で俺を見返した。


「というか、良介くんだって早くない?」


「そりゃあ俺も……待たせちゃ悪いかなって」


「そう……なんだ。ふーん」


「でもさ、今考えたんだけど、待ち合わせ時間に間に合えば待たせてることにはならないんじゃ……」


「………………」


「………………」


 見つめ合う俺と澪。


 すると、徐々に笑いが込み上げて、2人同時にホームで笑った。


「なんか俺達、同じようなこと考えてたんだな」


「そうみたい。緊張したのかも」


「緊張してたんだ。なんで?」


「だってー私の人生で初めての……っ!!」


 不自然なところで言葉が途切れた。何事かと思って澪の方を向くと、顔がフリーズしていた。この間の看病の時に見せていたスマートさはどこにいったのだろうか。


「初めての……?」


「えーと、あの、あのですね……早速水族館に行こう!」


 澪がすたすたと歩いていくので、慌てて俺も横に並んだ。


「で、さっきの続きだけど―――」


「良介くんは魚の中で何が見たい? 私、ペンギン!」


 強引に話題を変えてきたな。しかもペンギンは魚ではない。


 相当テンパっているな。改めて澪の顔を見てみたが、何故か恥ずかしすぎて今にも泣きそうな顔になっていた。


 いったい何を思っていたんだろうか?


 気になるところだけど、追及するのはやめておくか。澪に嫌われるのは避けたいし。


「俺はカクレクマノミが見たいな。実は俺、カクレクマノミ見たことないだよね」


「そうなんだ!」澪の顔がぱーっと明るくなった。「とってもかわいいよ」


 ぜってー澪の方が可愛い。


 そんなことは言わないけど。


 あ、ここでいっちょ、豆知識をひろしていくか。


「そういえばカクレクマノミってさ、性転換する魚らしいじゃん」


「あー聞くよね。オスからメスになるって」


「えっ」


「卵を産むために小さいうちはオスで、丈夫な体になったらメスになるっていうらしいよね」


 さらさらと俺の知り得なかったことまで説明してくれた。


 これは簡単な豆知識だったかな。


 気を取り直してそのままいけばいいか。


 俺達は雑談しながら水族館へ向かう。


 それにしても、休日なだけあって人が多いなぁ。


 あれ、なんか男達が俺を見ているような……。


 いや違う。澪に視線が―――正しくは澪、俺、そして澪に視点が移動している。


 やっぱり視線集めるよなぁ……。芸能人並に顔小さくて可愛いし、スタイル良いもん。


 むしろみんなからどう思われているのだろうか。


 まず確実にデートって思われていないよな。多分、付き添いかレンタル彼女だと思われているのかも?


 というか、澪がデートだとは思ってないだろうなぁ。


 俺だってデートだと思いたいけどさ。


 考えると、こんなミスコン1位がデートだと思うわけがないよね。


 ★★★


 あっっっっぶないっっ!!!!


 もう少しで初デートって言いそうだったぁぁぁぁぁぁっ!!


 澪(わたし)は歩きながら呼吸を整えた。バレないように、ゆっくりと、確実に。


 デートって言えない。


 お礼に水族館デートしてあげるって、どんな高飛車?


 ミスコン1位取ったことあるからって調子に乗るなって思われるよね。


 それにもし良介くんがデートだと思っていなくて、ただの遊びに行くと思っていたら?


 悲しすぎる。


 私はデートだって思っているのに。


 とにかく、デートという言葉はだめ。禁句。絶対言わないようにしないと。


「あ、ここ右だよ」


「お、知ってるんだね。ここの水族館に来たことあるの?」


「ないよ。昨日の夜、確認したから」


「そうなんだ」


 話をしながら、私は良介くんにバレないようにそろりと良介くんの全身を見る。


 良介くんの私服、シンプルでかっこいいなぁ~。


 ―――あれ、なんか周りの人達が私達をみているようなー……。


 も、もも、もしかしてっ、カカカカップルっ……と思われて……いるかも。


 ありえるかも……。ありえるよね……?


 だってだって、男女二人で歩いているし……仲良さそうに話しているし……。


 そう思ってきたら、急に身体が熱くなってきた。やばい。どんな顔して接すればいいだんろう?


 不意に、横から甘い声が聞こえてきた。


「ねぇ~、たっくん。私、シャチのショーを前で見たい!」


「シャチのショーか。でも混んでるよ? それに前だと濡れるじゃん……」


 中学生くらいのカップルが仲良さそうに話している。


 あっ。しかも、手、つないでいる。


「カッパ買えば大丈夫だって!」


「カッパ着てもめちゃくちゃ濡れるらしいよ。お金もかかるし……。それだったらクラゲが見たい」


「え~! シャチ~! おねがい~!」


 女子がブンブンと彼氏の手を振る。


「も~しょうがないなぁ~。14時に始まるっていうし、早めに場所取りしておくか」


「やったーっ!!」


 女子が彼氏の腕に抱きついた。結構、豪快に。


「ば、ばか、やめろって」


 彼氏が照れるなか、彼女は幸せそうに笑っている。


 そろりと、良介くんの腕を見る。


 手を握るのはハードル高いけど……。腕を組むなんて絶対無理だけど……。


 でも……。


 このデートで、良介くんともっと近づけたらな。


 大丈夫、絶対近づける。


 そのために秘策も用意したから。

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