第47話 2人の間にいる者は

 翌日、澪の看病の甲斐もあって、俺の体調はとりあえず学校に行けるぐらいには治った。


 驚異的な回復速度に、俺は思わず二度体温を測ってしまった。


 普段の俺ならもう1日休んでいたが、今回の俺はお礼を言いたい相手がいるので登校する。


 早めに学校に行き、教室で澪を待とう。


 そう意気込んで準備したものの、昨夜に澪が作ってくれた雑炊があまりにも美味すぎて、数分間浸ってしまった。


 そのせいで予定より7分ほど遅れて学校に着いた。


 ミスった~と思っていたら、遠くで靴を履き替える澪を発見した。


 これは走るしかない!


 俺はダッシュで澪のもとへ向かう。


「な……じゃない。み、澪」


 呼び止めたのは、俺らの教室である2年4組に続く廊下。


「あ、りょ…………良介くん」


 驚きながら振り向く澪。俺の姿を見て頬が緩んだ。


「治ったんだね。よかった~」


「ああ、澪が看病してくれたおかげだよ。ありがとう」


 俺は頭を下げた。感謝してもしきれない。


「ななな、頭上げて上げて!」


 顔を上げると、澪は凄く焦った顔をしていた。


「どどど、どういたしまして」


 落ち着かないのか、横の髪を触りつつ、目が合わない。


 気まずい空気が流れる。


 やべぇ。


 感謝を伝えよう伝えようっていう思いが先行し過ぎて話しかけちゃったけど、その後どういう話をしようかと何も考えてなかった。


 どうすればいいんだ。


 あっちもなんか気まずそうにしているし……。


「あの、それで……」


 澪が照れくさそうに俺をちらっと見る。


「すっ、水族館の件……なんだけど……今週末、行けそう……?」


「え? えっと、うん」


 澪の潤んだ上目遣いに、俺はと反射的に答えてしまった。


 実際、土日は完全に空いているので構わないのだが。


 俺の返事を聞いた澪は、ぱっと顔を輝かせた。


「約束、だよ」


 ああ、と頷こうとした瞬間、澪の後ろから、


「あ、みおすけ~!」


 と呼ぶ声が聞こえた。


 教室から出てきた塩島が廊下にいる澪を呼んだみたいだ。


「じゃあ、またLINEするね!」


「ああ」


 もう行くね、と目で伝えたあと、


「もぉ~なにその男の子みたいな呼び方~」


 澪は友達のもとへ向かった。


 その後ろ姿をぼんやりと見つめていたあと、不意に頭に電流が走った。


 ずっと謎だった。


 席が隣りになってからすぐ話すのではなく、少し時間が経ってから話しかけてきたのか。


 そして、積極的に俺のことを誘ってきたのか。


 —―――そんなことあるはずが……いや、でも……。


 もしかして……ミヲすけさんって……。


 —―――澪なのか?


 いや、まさかそんなはずはない。


 看病をしに俺の部屋に来た時だって、ラノベとか本棚に置いてあったけど、そんな話にはならなかった。


 俺は学校でコソコソと小説を書いたことはあるが、学校で一度も小説の話をしていない。


 アイディアノートだって、スマホだって肌身離さず持っている。


 人の目線にも細心の注意を払った。


 俺のカモフラージュは完璧だったはずだ。


 だから、彼女が俺を有栖リオンだと知る手立てはない。


 でも、もし彼女がミヲすけだとして、俺のことを有栖リオンだと知っていれば、俺に話しかけてきたことも、今日までのぎこちなさも説明がつくかもしれない……。


 でも……そんなこと……ありえるのだろうか……?


 一応、確かめて……みるか。


 ★★★


 ――――時は少し戻り、体育祭の振り返り休日の翌日である9月24日の放課後。


 どんよりした灰色に染まる教室にて2年4組。


(はぁ、忘れ物とかメンド)


 宇佐美七緒ウチはうんざりしながら教室に向かう。


 がらっと教室のドアを開けて、電気をつけた。


 いつもなら宿題なんて置いて帰っているが、今回忘れたのは数学だ。


 数学教師の川村は時代にそぐわず、宿題を忘れた生徒に対してねちっこく説教してくる。


 ガタイだけはデカいうえに柔道部の顧問で、自身も大会に出るほどの実力者。


 だから、誰も川村には歯向かわない。


 宿題をやらないでストレスになる説教を受けるよりも、適当にやってストレスフリーの方がいい。


 自分の机から宿題のプリントを引っ張り出す。


(はぁ……オマエ、明日の授業終わったらビリビリに破いてやるからな)


 プリントを睨んだ。


 ふと、今日欠席した人の机が目に入る。


(コイツ。ずる休みしてんなよな)


 こつん、と藤木の机を左足で小突く。


 パラっ、ひらひらひら~。


 藤木の机から1枚のペラ紙が落ちた。


(こつんとしたぐらいで落ちないでよ)


 ウチが落とした手前、拾わないわけにはいかない。


 多分数学のプリントでしょ。


 しかし、手に取ったところで数学のプリントではないことに気付いた。


(なにこれ?)


 見てみると、ちょっと汚い字で散文が書かれていた。


(くっさ。あいつ、こんなポエム書いてるのかよ。妙に詩的なのがウケる)


 くすりと馬鹿にしつつ、ウチはスマホで作曲アプリを起動した。


 こんなクサいポエムで曲が作れるか、試したくなった。


 アプリ内のピアノで、ポエムに合わせて弾いてみる。


(…………あれ、意外とメロディーが浮かんでくる)


 ウチは担いでいたギターを隣の机に置き、バッグからシャーペンと楽譜を出し、本格的にピアノを弾いていく。ピアノで弾いたものを楽譜に起こす。


 我ながら効率が悪いと思う。


 でも、これが一番曲が浮かびやすい。気分が乗ってる時なんか、もう最高。


 今はめっちゃサイッコー。


(アイツを驚かせてやるか)


 一通り起こした後、スマホと散文が書かれたぺら紙をスカートのポケットしまう。


 ウチはくすりと笑う。


 今度は、完成させたいというアーティストと驚かせたいというイタズラ者の両方を含んだ顔で。

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