第45話 おねがい

 コンコン。


「入るよ……?」


 ノックしてから4秒ほど経って、渚波がドアを開けた。


 お盆の上に2つの食器と1つの小さい鍋、そして茶碗が乗っていた。


「体調はどう? 辛い?」


「さっきよりは……よくなったよ」


 実際によくなった。


 つんざくような喉の痛みは相変わらずだが、頭の重さや顔の熱さは和らいできた。


 完全に渚波のおかげである。


「そう、よかった」


 渚波がベッド近くのローテーブルに、音を立てずにお盆を置く。


「雑炊作ってきたけど、食べられそう?」


 俺は頷き、起き上がろとする。渚波が俺の下へ駆け寄り、背中を支えてくれた。


 優しいだけじゃなく、もし態勢を崩してしまっても支えてくれると信じられるしっかりと芯の強い手。


 可愛さだけでなく、強さもある。なるほど、だから渚波は人気なんだな。


 渚波の補助もあってベッドに座れた俺の隣りに、渚波が座る。


 落ち着く香りがした。くどさはない。


 渚波が鍋のフタを開ける。


 ぶわっと湯気が出ると同時に、塩がよくきいた香りがほんのりしてきた。


 きゅっと胃が動く。


 さっきまで食欲なんて無かったのに、今は胃が食べ物を欲している。


 鍋を覗くと、綺麗でシンプルな彩りの雑炊だった。


 白い雑炊の上に、ほうれん草が円を描いて置かれているなど盛り付けも計算されている。


 これ、お店で出てきてもおかしくないぞ。


 そんな驚きには気付かず、渚波が茶碗に雑炊をよそる。


「ありがとう」


 受け取ろうと手を前にやると、


「食べさせてあげる」


「え、でも……」


「今更、でしょ?」


 渚波が顔を傾げて微笑んだ。


 確かに今更だった。枕を変えてもらったし。


 というか、その笑顔は反則でしょ。


 頷くしかないじゃないか。


 渚波がスプーンで雑炊をすくい、自分の口元に近づける。


「ふぅー、ふぅー」


 優しく息を吹きかけて冷ました後、俺の口元にゆっくり近づけた。


 恥ずかしがっている暇もなく、俺は口を開けて雑炊を食べる。


「おいしい……!」


 体調に配慮したトゲの無い薄味。


 昨日食べた不味まずいお粥とは違い、食べるだけで心が温まる。


 野菜は細かく切られているので、噛む力を使わず、飲み込みやすい。


 食べてみて気付いたのだが、雑炊の中に生姜も入っていて、良いアクセントになっている。


 渚波って、学校だけじゃなくプライベートも完璧なのか?


 もはや最強じゃん。


「よかった!」


 渚波は小さく安堵し、喜んだ。本当に嬉しそうだった。


「ほうれん草はね、鉄分があって疲れを無くすんだって。たぶん、風邪で身体が疲れちゃっていると思うから、いれてみた」


 俺の反応を見ながら、渚波が穏やかに語り続ける。


「大根は殺菌作用があるから、風邪も治りやすくなると思う」


 へぇー。そうなんだ。栄養にも気を使ってくれたんだな。


 心なしか、疲れが取れた気がする。


「味見したんだけど、薄かったり濃かったりしたら言ってね。変えてくるから」


 そんな贅沢も許されちゃうのか?


 でも、味付けがちょうどいいので、変えてもらう必要はない。


 また一口食べた。


 ピリッと喉が痛んだ。


「まだ、やっぱろ喉が痛むよね?」


 渚波が、フタがされてある茶碗を開ける。


「具なしの茶碗蒸し作ったから、こっちも食べて見て」


 渚波がまたも食べさせてくる。


 つるんと口の中で滑り、喉へ落ちていった。


 シンプルに美味しい。


「薬飲むなら、何かお腹に入れておかないといけないからね。雑炊は無理しなくていいから」


 食べ終わった後のことも考えてくれているなんて、至れり尽くせりだ。

 

「ありがとう」


 渚波に食べさせてもらうこと20分。


 茶碗蒸しは全て食べ、雑炊は3分の1ほど食べた。


 残った雑炊は、明日の朝に食べる。つか、毎朝この雑炊でもいいくらい。


 食べ終わり、少し落ち着いたところで、俺は改めてお礼を言った。


「ありがとう。何から何まで。本当に」


「うん」


 渚波が頷いた。


「今度、何かお礼させてくれ」


「いいよ。お礼だなんて。体育祭の時に助けてもらったし」


「そんな。俺の気が済まない。お礼させてほしいんだ」


「わかった。なら……その……うんと……」


 渚波が小さく下を向き、モジモジする。


 もしかして、高級バッグ—――なわけないか。渚波がそんな人間なわけがない。


「その……名前で……呼びあいたい……です」

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