第38話 打ち上げ —―綺麗な月夜――
★★★
宇佐美と話し始めてから20分、山下はまだ帰ってこない。
どこに行ったんだろう。
あいつまさか、勝手に帰ったんじゃないだろうな……?
そんなことする人間じゃないと思うが。
「藤木ってさ、彼女作れないの?」
「なんだその質問は?」
宇佐美があまり聞かないタイプの質問をしてきた。
「……出来たことはないよ」
そう答えると、宇佐美が目を合わせないまま嬉しそうに言う。
「告白とか、されたことないもんね~」
「な、ないけど……」
どうしたコイツ。いきなり俺のことを下げて来やがって。
「告白しようとは……思わないの?」
「告白ねぇ~……」
今までの人生を振り返って考えてみる。
好きな人が出来たことはある。だが、告白しようとは思わなかった。
告白して成功する姿が、好きな人と手をつないで歩いている姿が想像できなかった。
「思ったことは一度もないよ」
「意気地無いねぇ~」
「はいはい、俺はそーゆー人間なんだよ」
やけくそにコーラを一気飲みした。
自分が大したことの無い人間だってことは、自分が一番わかってんだよ。
現に全てを賭けて挑んだ小説が、結果を出せてないんだから。まぁ、ミヲすけさんというファンがついてくれたことは、大きな進歩だけどさ。
「じゃあさ、告白されたら……どう思う?」
「どう思うって、そりゃあ誰にされても嬉しいけど」
「……付き合う?」
「いや、誰でもは無いよ。ちゃんと好きな人じゃないとダメだよ」
「へっ、へぇ~~……。好きな人、いるんだ?」
「好きな人、といえるかどうかはわからないけど。知りたいなって人はいるよ」
「ふ、ふ~~ん……」
緊張した面持ちの宇佐美がこちらの本心を窺うように訊いてくる。
「誰なの?」
2人の名前と顔が浮かび上がった。
1人は”ミヲすけ”さん。
アカウント名しかわからず、顔のイメージすら浮かばない。
応援コメントは貰ったことないけど、いつも見てくれる大切な人。挫けそうな時、何度もミヲすけさんの応援に救われた。
俺のラブコメは男性向けだからミヲすけさんも男だとは思うけど……。
もう1人は渚波澪。
よく赤くなって、たまに言葉が変になって、笑顔が凄い素敵な人。
想像していた完璧美少女とは違ったけど、想像よりも魅力的な人だった。
知れば知るほど、彼女のことが……その……好きになる。たくさん話したくなってくる。もっと距離を縮めたくなってくる。
とにかく、その2人が浮かんだ。
2人のあとは色々浮かんでくる。
「まぁ色々いるよ」
渚波と仲の良い塩島とか牧野とか、そんなのたくさんいる。宇佐美の質問の趣旨とは離れるかもしれないが、苅部の事だって知りたい。
そして―――
「もちろん、その中にお前も入ってる」
目の前の、悪口ばかり言ってくる少女の目を見て言った。
「え――――」
「宇佐美もだよ。一生懸命やってるよな。ギター」
俺は見ていた。宇佐美がどれだけ真剣に音楽に打ち込んできたかを。
授業中、曲をいくつも作っていたり、去年の文化祭で1人だけプロレベルの演奏を披露したり。
性格は悪いし、勉強も適当だけど、音楽だけは人一倍真剣に取り組んでいた。
そこだけは、やっぱり尊敬できる。
俺は照れながらも、尊敬の眼差しを宇佐美に向けた。
「きっ」
宇佐美の顔が真っ赤になる。
「キモいから……っっ!!」
「あ、おい!」
悪口を言い捨てた宇佐美は、そのままコップを持ってドリンクバーコーナーへ向かった。
俺は独りポツンと取り残される。
俺の周りが静かになった途端、心がムズ痒くなり、叫びたい衝動に駆られた。
何が『もちろん、お前もその中に入っている』だ。キモすぎるだろ俺。
相変わらず山下は帰ってこないし、これ以上ここにいると、さっきの痛い発言で頭がどうにかなりそうだ。
夜風にあたって頭でも冷やそう。
俺は足早にファミレスの外へ出た。
ドアを開けた瞬間、海風が俺の頬をなでた。
潮の香りがする。
このファミレス、海の近くにあるんだよな。
涼しくて気持ちいい。
熱暴走していた心が次第に落ち着いてくる。
海がよく見える場所へ行ってみるか。
きっと、心が落ち着くはずだ。
綺麗に光る満月が、その姿をゆっくりと揺れる青黒い水面の上に移し揺らいでいた。
この場所は明るいから弱い星々の光は見えないけど、満月の大きな輝きだけは見えていた。
とても綺麗—――
「きれい……」
うっとりした声が後ろからして、驚き振り返る。
「渚波……」
渚波が風に揺られた髪を抑えて、俺のもとへ近づいてくる。
「こんなところにいたんだ」
「うん、夜風に当たりたくて」
さっきから俺の発言どうした!? キモすぎるぞ。
恥ずかしさを紛らわすのと友達がいなくて孤独を感じたから出てきたってハッキリ言えよ。
どうしてこう、嘘をつくんだ。
しかし今更本心を打ち明けることもできず、俺は照れる気持ちを紛らすのも含めて気がかりだったことを尋ねる。
「足は大丈夫?」
「うん。ゆっくり歩くくらいなら。走るのは無理だけどね」
そう言いながら俺の隣へ来た。
途端、潮の香りがフローラルな香りに変わる。
体育祭後でもこんなに良い匂いするのかよ。
つか、俺の匂いは大丈夫かな?
リレーの時結構汗かいちゃったけど。
「渚波も夜風にあたりにきたの?」
「うーん」
目線を考えたあと、再び俺に目線を合わせて、
「藤木くんに会いに来た」
意地悪な笑みを浮かべた。
え、俺に……? そんな馬鹿な……。
「―――って言ったら?」
言葉を継げないまま、渚波をじっと見ていると、彼女の顔が急速に赤くなる。
「なななななんて、うっそで~す」
「え、嘘なの?」
上がった口角が力なく下がると、
「いや、うう嘘じゃないけど、嘘みたい……な?」
どういうこと?
「えとえと、ほ、本当は、お礼を言いに来たの」
「お礼……」
月明かりに照らされた渚波が、俺と向き合う。
「今日、私を励ますために一生懸命走ってくれて、ありがとう。その……とっても……かっこよかった……です……」
「――――っ!」
胸が高鳴った。それと同時に、欠けていた最後のピースがかっちりと埋まった気がした。
よかった。俺の頑張りは渚波にとって負担じゃなかったんだな。
「ちゃんとお礼言うなんて、良い人だな、渚波って」
「いや、そんなことは……ないよ」
「そうか? 良い人じゃなかったら、わざわざ直接お礼なんて言いに来ないと思うけどなぁ」
「いや、本当に、藤木くんが思っているほど良い子なんかじゃ……」
渚波の声音が暗くなる。顔もやや
何か、まずいことでも言ってしまったのだろうか?
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