第37話 打ち上げ —―焦り――

 びっくりした……。


 宇佐美も他の女子と同じく体育祭メイクをしていて、いつもより5割り増しで可愛く見える。


 特にピンク系の口紅がとってもいい味を出している。柔らかそう……。


 ――――はっ!


 騙されるな、俺。こいつは顔だけだ。性欲に騙されちゃいけない。


 身構える俺に、宇佐美は小悪魔な笑みで尋ねてくる。


「ねぇ、誰に手を振っていたの?」


「誰でもいいだろ」


「めっちゃキモい顔だったよ」


「うるさいよ」


「もしかして澪とか?」


 …………鋭い。


 いや、狼狽うろたえるな。


 こいつは基本、俺のことを下に見てる。


 自分を卑下すれば、上手くかわせるか?


「俺みたいな人間が渚波に手を振るはずないだろ」


「それもそうだね」


 納得した様子で宇佐美はコーラを飲んだ。


 ……作戦は成功したが、なんだろう。この胸のやるせなさは。


「藤木のような冴えない奴なんか、澪は見ないか」


 こいつの余計な一言で、いつもこいつに抱く異性の感情が消え失せる。非常にありがたい。


 コーラを飲んだ宇佐美が独り言のように口を開く。


「ケッコー足速いんだね」


「速そうに見えなかった?」


「いや、見えないでしょフツー」


「まぁ、能ある鷹は爪を隠すってことで」


「キモ」


「なんでキモいんだよ」


「キモいから」


 宇佐美の奴、嬉しそうに悪口言いやがって。


「それより、宇佐美はずっとここにいていいのか?」


「なんで?」


「だって、お前の友達とか、荏原や渡会のところに行って話しているぞ」


 荏原・渡会の男2人と宇佐美の女友達―――たしか早田はやた楓恋かれん相沢あいざわ紗凪さな―――2人で楽しそうにしていた。距離的に好き合ってそうだ。


「ああ、あの2人はそれぞれ付き合ってるからいいの」


「え、マジで?」


「うん。荏原はカレンと、滝藤は紗凪さなとね」


「へぇー……」


 俺が知らないだけで、みんな青春してるんだなぁ。


 取り残された気分だ。


「だからウチは藤木のところに来たんだよ。寂しそうにしてた藤木のためにね」


「とか言うけどさぁ、お前も1人で寂しいからこっちに来たんじゃないのか?」


「はぁぁぁ!? 違うし。それにウチは藤木と違って、作らないだけだし」


「俺もそうだわ」


「強がんなくていいから」


「そっちこそ。その悪口言う性格じゃあモテないよなぁ」


「街では声かけられるし」


「ナンパされた数自慢してちゃ、おしまいだな。だから渚波に勝てないんだよ」


「は!? うざ~~~~!」


 あれ、宇佐美のやつ、からかうと面白いな。


 ★★★


 藤木くんとナナ、楽しそうにしているけど、一体何を話しているんだろう……?


 気になる~~~……。


「でもさぁ澪、災難だったよね」


「えっ!?」


 視線を慌てて発言者の的場まとばに合わせた。


 気付けば、周りが同情の目を私に向けている。


「まさか綱引きで足をくじくなんてな」


「あーうん、みんなほんっとごめん!」


 私は両手を合わせて、特に同じリレー選手の恵奈に頭を下げた。


 本当に申し訳ない。謝っても謝りきれない。出たいからという自分勝手な理由で出たくせにチームの足を引っ張るなんて。


「もうーっ、何回も謝りすぎ」


 恵奈えなが笑った。


「でもさ、あれでビリになっちゃったでしょ。ちょっと申し訳ないなぁって……」


「一生懸命やったんだからいいじゃん」


「ほんっとありがとう」


 恵奈にお礼を言うと、


「拓斗もケガしてないし、結果的に体育祭で優勝したし、問題はないでしょ」


 持丸がフォローしてくれた。


 ちょっとしんみりした空気になった瞬間、竹内が持丸をからかう。


「来希なんか何の役にも立ってなかったよ」


「おい! 役に立ったわ!」


 おちゃらけながら叫んだ。


「言ってみ? 俺、綱引き」


 竹内が自分のお腹のお肉をつまんだ。そして、「誰がデブだ!」と持丸を肘でどついた。


「何も言ってねぇだろ!」


 持丸がどつき返した。


 周り全員が笑う。さっきまでのしんみりした空気が一瞬で吹き飛んだ。


「そういえば、5組の中島なかじま菜乃なのがさ――――」


 的場が話題を変える。


 私の話題じゃなくなったので、チラッと藤木くんの方を見る。


 あれっ、なんかさっきよりももっっっっっと楽しそうにお喋りしてるっ!?


 しかも距離が近い。


「ねぇ、澪?」


 どうしよう……。


「澪~? みぃ~おぉ~?」


 どうにかしてあっちに行く方法はないかな……。


「おい、みおすけ!」


「え―――」


 凛子の方を向いた瞬間、こつん、とチョップされる。


 気付けば、今度はみんなが?を瞳に浮かべて私を見ていた。


「ぼーっとあっち見ちゃって」


 凛子が指差すと、竹内が「あ~」と声を出し、「藤木ね~」とニヤニヤした顔で私を見てくる。


「凄かったもんね、あの走り」


 恵奈が感心しながら、藤木くんを見る。


「藤木が逆転したおかげで4組が優勝したもんね」


「惚れるのもわかるわ~」


 凛子がからかうと、それに持丸が過度に大きな声を出す。


「え、もしかして好きなの?」


「えっっっ!?!?」


 ままままずいっ。ととととにかくっ、何か……何か言い訳をしないと……。


「そ、それは……。ただ、彼のおかげで私のミスが救われたから、お礼言いたいな~って」


「なんだそんなことか」


 持丸の顔から強張りが抜け落ちた。その表情を見て私もほっと胸を撫で下ろす。


 どうやら納得してもらったみたい。


「でもさ」と的場がポツリと言う。


「藤木と宇佐美、結構お似合いだよなぁ~」


「えっ…………」


 みんなが藤木くんとナナの方を見る。


 持丸や竹内たち男子は的場の意見にうんうんと頷いている。


 ……たしかに、お似合いかも……。波長が合っている気がしてきた。


「う~ん、付き合っているのかな?」


 持丸が純粋な疑問に竹内が答える。


「いや、宇佐美は彼氏いないって。誰かとデートしたって話も聞かないし」


 へぇーそうなんだ。


 顔が広い竹内の情報は信用できる。


 ナナが藤木くんと付き合っていなかったのは朗報だけど、彼氏がいないのは悲報だぁ……。


「よかった」


 安心した口調でそう言ったのは、恵奈だった。


「私、ちょっと良いなって思ってたんだ」


 恵奈の暴露に周囲がぎょっと目を見開いた。


 うううう嘘でしょっ!?!?


「マジで!」「本当に!?」と竹内や凛子が嬉しそうに叫んだ。恋バナが好きなだけあって、「どこが?」とか「どれくらい本気?」とか恵奈に質問攻めする。


 心なしか私も前のめりに恵奈の話を聞く。


「きっかけはやっぱり今日だよね」


 恵奈は少し照れながら語っていく。


「嫌々引き受けたであろう障害物競争をかっこつけず一生懸命やったり、リレーでのあの真剣な表情と走りとか……。私、真面目な人が好きだからさ。あーゆーのとかグッときちゃうよね」


 ひゅー、と周りが恵奈をはやし立てる。


 う、うそでしょ……!?


 背中に汗が流れる。


 ここっ、これは……うかうかしていられない……っ!

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