第36話 打ち上げ —―4組に、乾杯――
ファミレスの机の上には、大量のコップが人の手によって持ち上げられていた。
塩島がわざとらしく咳払いすると、30人以上の制服を着た人達が静かに注目する。
「えーではでは、本日の体育祭、2年4組の優勝を祝って、かんぱーい!」
かんぱーいという声とグラスが鳴る音が一斉にし、ファミレスは4組の生徒達の声で満たされる。
体育祭終了後、俺達は学校から1駅離れた、高校生がワイワイ騒いでも平気なファミレスへ打ち上げに来ていた。
参加者はなんとクラス全員。
塩島が必死にメンバー集めたからだが、塩島の人望と愛嬌があればこそである。
俺だったら5人も集められない。
「塩島って、いいよなぁ~」
苅部のグループと楽しそうに話す塩島を見ながら、しみじみコーラを飲む山下。
この男こそ、塩島の愛嬌にやられて参加した人物だった。
俺がクラス全体LINEに入っていない山下を誘った時、「興味ないね」とどこぞのクールな金髪ソルジャーのように断っていた。
「なぁ、本当は来たいんじゃないのか?」
「うるせぇよ」
「意地張るなって。来いよ」
「行かねぇって」
粘ったが意志は固く、山下は首を縦に振らなかった。いや、意固地か。
だが俺にも山下には来てもらいたかった。
理由はもちろん、友達が山下しかいないからである。
打ち上げに行って友達を作るっていう選択肢もあるが、失敗すればポツンと取り残されるだろう。
それは避けたい。
2000円の会費を払って孤独な思いはしたくない。
だから山下に来て欲しい。
体育祭の閉会式終了後、俺は山下に本心を伝えて、情けなく懇願したが、
「今日はゲームの発売日だから帰る」
俺を容赦なく見捨てた。
(山下の奴、重症ってくらい拗ねてやがる。こりゃあもう駄目だな)と思って諦めているところに塩島がやってくる。
「山下」
「あ、しおじっ……な、なに?」
山下の顔が強張る。かなり酷い顔している。
渚波に話しかけられた時の俺って、多分こんな顔していたんだな。気を付けよう。
「今日、打ち上げあるんだけど、来ない?」
「えっと……」
「せっかく優勝したし、みんなで分かち合いたいから、来てくれると嬉しいんだけど……」
塩島がスマホ持ったまま手を合わせてお願いする。
悪いが塩島、親友の俺ですら無理だったんだ。説得なんか――――
「行く」
は?
「え、ほんとに? やったー!」
喜ぶ塩島の姿を見て、鼻をかく山下。
「もちろん。むしろ誘ってくれてありがとう、塩島」
なんかいつもより低い声を出していた。
山下、お前………。
「そーゆことだ、藤木。……怖い顔してどうした?」
言葉を失った。
「なぁ、一緒に行こうぜ、藤木。今日の打ち上げ、楽しみだな」
こいつを親友だと思った自分が、マジで恥ずかしい。
ついでに、ちゃっかりクラスLINEに入った。
そして現在、山下は塩島のことを遠くから見つめてニヤニヤしながら、独り言のように訊いてくる。
「塩島って彼氏いんのかな〜?」
「知らね。聞いてみれば?」
「彼氏いても、俺は諦めねぇかも」
「じゃあ、いけば?」
「ゆ、勇気が出ねぇよ〜」
顔を赤らめながらクネクネした。
山下は誰かを本気で好きになると、こんなふうにキモくなる。彼女がいた時もこんな感じだった。
付き合ってらんねー。
空のグラスを持って席を立つ。
「あ、俺の分もよろしく」
山下が空のグラスを渡してきた。
俺は嫌な顔しながら受け取り、ドリンクバーコーナーへと向かった。
すると、荏原と渡会がドリンクバーコーナーで謎のミックスドリンクを作っていた。
ドス黒い色していて不気味だ。見るからにまずい。
「やめとけって」
俺の声が聞こえた2人がこっちを向く。
「お、藤木じゃん」
荏原に続き、渡会が褒めてくる。
「お前、めちゃくちゃ速いのな。びっくりしたよ」
「まぁ、中学校の頃は陸上部だったからね」
「そうだったのかよ。なんで高校に入ってからは部活入らなかったんだ?」
「うーん、なんか疲れたからかな」
それもあるが、本当は小説に当てる時間を増やしたかったからだ。
中学時代、部活から帰ると何もする気が起きず、疲れて寝ることが多かったし。
「もったいねぇな」
「いやーでも、高校では通用しなかったと思うよ。やっぱレベル違うからさ、みんな」
「そんなことないって。マジですごかったぜ!」
「な。あの追い上げはドラマもんだぞ」
「言い過ぎじゃね?」
こうも褒められると、逆にからかってるんじゃないかって疑ってしまう。
しかし荏原は声を大にして、
「言い過ぎじゃねーって。むしろ上手く出来過ぎてて、八百長疑うくらいだぞ」
「1走目の
「とにかくお前は。すごかったよ」
2人の言葉に、心が熱くなる。
「ありがとう」
そう言うと、2人は俺のコップにコツンとコップを当てて、自分の席へと戻っていった。
渚波のために走ったリレーだったけど、意外にも誰かに感動を与えているんだな。
やっぱり練習しといて正解だった。
温かい気持ちで自分の席に戻る。
……………あれ、山下がいない。
多分トイレかな。
隣がぽっかり空いた席で、俺はコップに口をつけながら渚波の姿を探した。
ほぼ対角線上に渚波が座っている。ただし距離は直線距離で12人分ほど。
話せる距離ではない。
しかも渚波の周りにはサッカー部で高身長男子の
女子のメンバーも、体育祭の女子リレーを勤めた
盛り上がってるなぁー。
と、渚波がこっちを向き―――――目が合う。
すると、渚波は周りの皆にバレないよう、控えめに手を振ってきた。
可愛い。
俺も手を振り返す。
それを見た渚波が恥ずかしそうに照れっとした。
やばい、たぶん俺めっちゃだらしない顔してると思う。
「誰に手を振ってんの?」
「うわっ!」
山下が座っていた席に宇佐美が座った。
いったい俺に何の用だろう? 心なしか、顔が赤い気もするけど。
――――それと、遠くでこんな声が聞こえた気がした。
「どうしたの澪、なんか顔が険しくなってるよ……」
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