第35話 負けん気リミットブレイク

「レースもついに終盤! まだどこのクラスが勝つかわからない混戦状態! みなさん頑張ってください!」


 実況の言う通り、どっちに転んでもわからない状態。


 アンカー全員がバトンを待つ。


「お前なら、楽勝に抜かせそうだな」


 現在4位の順位である奴が俺に言ってきたが、シカトしてレースを見る。


 大丈夫、渡会は頑張って食らいついている。


「すぅー……はぁー……」


 大きく息を吸って、吐く。これをするだけで全身の緊張が和らぐ。


 1位、次いで2位が俺を横切ってアンカーにバトン渡すなか、俺は迫ってくる渡会を見て、タイミングを取り始めた。


 バトンの受け渡しの練習はしていない。


 ならばスピードよりも安定性を重視か。


 ……………いや、ここは勝負に出る!


『渡す時、声を出してくれ』


 渡会に走る前に伝えたが、必要なのは声を出そうと思ったタイミングで手を出すこと。


 あのスピードでテイクオーバーゾーンに来たら、俺が助走を取ってから3秒後に手元に来るだろう。


 走り出すタイミングをしっかり見極めろ。


 それを見越してバトンを受け取る。


 俺は渡会が適切な場所にたどり着いた瞬間、後ろを見ることなく助走をとる。


 1、2、3—――


「ハイッ!」という声と左手を後ろに出した時が重なる。


 パシッ!


 バトンは俺の手のひらに力強くおさまった。


 —―――頼んだぞ!


 そう言われた気がした。


 だからこう答えてやる。


 —―――任せろ!


 バトンをぐっと握った瞬間、地面を思いっきり蹴った。




 ★★★




「――――っ!」


 苅部は思わず立った。


(なんだあのバトンパスっ……まるで陸上部の……)


 あまりにも理想すぎるパトンの受け渡しに、2年4組を筆頭に会場全体が盛り上がる。


 しかしそれはただの序章に過ぎなかった。


 バトンを受け継いだ瞬間の、藤木の爆発的な加速。


 それにより、4位を一気に離す。


 4位の走者は唖然としつつも足の回転を速めた。だが、どんどん離されていく。


 藤木の腕の振り、ランニングフォーム、足の回転。


 全てが完璧だった。まさにテレビで観た陸上選手の走りだった。


 第一カーブを曲がり切ったところで2位をぶち抜き、1位の背中を追う。


「速い! 苅部よりも速ぇぞ!」


 会場の目はすでに藤木の走り一色だった。


 苅部は拳を握り、黙って藤木の走りを見た。




 ★★★




 追いかけている背中がどんどん近くなってくる。


 ゴール手前のカーブで、ついに手を伸ばせば触れる距離までたどり着く。


 ――――捉えたぞ、1位!


 じりじりと詰め寄る。


 だが、前に出られない。


 くそっ、やっぱりアンカーは速い……っ。




(そりゃあそうだろ、奴らは運動部だ)




 冷たい心が俺にぴしゃりと冷や水を浴びせる。




(いつも過酷な練習をしているんだぜ?)




(ちょっと練習したぐらいで、勝てるわけがない)




(現実を見ろよ、俺…………)




 —――馬鹿か。




 心の中で叫ぶ。




 —―――うるせぇ……!




 冷めた心を押し潰すように怒鳴る。




 —―――前に出ろ……っ!!




 カーブを曲がり終え、教員が持つゴールテープまで残り10m。




 ――――勝たなきゃ意味がねぇぇぇっっっ!!!!!




 途端、視界が狭まり、歓声が消え、前にいる1位のスピードが異様に遅くなる。


 俺だけが早くなる感覚。この感覚は、一度だけ体験したことがある。


 心の中でシャウトしながら、最後の力を振り絞る。



 見ていてくれ、渚波っ!



 これが俺に出来る、最大限のことだ!





 パツン………っ―――――




 ゴールテープが切られる。




「ゴォォォールッッッッ!!!!!」


 

 実況が喉を潰す勢いでえる。



「1位は―――――――4組っっっっ!!!!!!」


「「「「おおおおおおおおっッッッッッ!!!!!!」」」」


 歓声が大気を揺らす。


 全ての走者がゴールした合図のピストルの音がかき消されるほどの歓声を浴びながら俺は膝に手を付く。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 息が苦しい。体が、脚がとくに重い。


 でも、気持ちよかった。


 しばらく忘れていたけど、陸上を好きになったのは、この爽快感だったな。


 息が整ってきたのを機に、顔を上げる。


 遠くにいる渚波と目が合う。


 見ていてくれたのか。……よかった。


 俺は左手を膝に付けたまま、右手を膝から離して親指を立てた。


「やったなっ!」


 荏原がサッカーで点数を決めた時みたいに俺の目の前に駆け寄って抱きついてきた。


「お、おい―――」


 渚波の顔が見えないじゃ……。


「逆転1位だぜ!」


 渡会も寄ってきて俺の肩を抱いた。


「すげぇじゃんっ!」


 他のチームの人達も寄ってきて褒めてくる。




 俺が捨てたと思っていた武器は、まだちゃんと残っていた。 



 ★★★



 チームメイトだけじゃなく、他のクラスの人まで藤木くんのもとへ寄ってくる。


 たくさんの人に称賛される藤木くんを、私はじっと見ていた。


 親指を立てた時の、汗だくの姿が思い出される。


 腕が、胸が、顔が、目が、全身が熱くなる。


 —―――ずるいよ、藤木くん。そんなことされたら……私……もう……。


 つーっと、目から涙が零れ落ちた。


「おめでとう……」


 大きな歓声の中で、私は小さく呟いた。



 ★★★



 体育祭終了後の4組の黒板には、


 『祝 優勝』という文字が大きく書かれていた。

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