第34話 苅部拓斗

 太鼓の音に合わせて、俺らリレーメンバーは指定場所へ駆けていく。


 渚波は見てくれているだろうか。


 走っている最中に探してみたが、姿は見当たらなかった。


 まぁ、見てなくてもいい。


 俺はベストを尽くすだけだ。


 指定場所についた俺らは、担当教師からルール説明をもう一度軽く受けた。


「じゃあ、1走の人はコースに並んで」


 教師の指示で各クラスの1走者がコースに並ぶ。みんな緊張した面持ちだった。


 あの苅部ですらも、やや硬い表情。体育祭を締めくくる一大競技だ。緊張しない方がおかしい。俺だって、心臓がバクバクしている。


 リレーのメンバーに対して応援席からたくさんの声援が飛んでくる。


 最も応援されているのは苅部だ。

 

「タクト頑張れーっ!」


拓斗たくとくんぶっちぎれー!」


 男女、先輩後輩、幅広く応援されていた。


 恨みを含んだ目で見ても、苅部はかっこいい。


 すらっと伸びる手足に引き締まった体。


 モデルでも通用するスタイル。


 容姿は文句なくかっこいい。


 そんな苅部が手でも振り返せば、声援がさらに大きくなるのも頷ける。


「頑張れよ拓斗!」


「とにかく1位で回してこい!」


 渡会と荏原が苅部を応援したので、俺も「頼むぞ」と声をかけた。


 仲間の声に、苅部は親指を立てたあと、真剣な表情で前を向く。


「では、始めまーす」


 審判を務める教師がスターターピストルを掲げた瞬間、会場がシーンと静かになる。


 会場全体が固唾かたずを吞んで走者を見守る。


「位置について…………よぉーいっっ!!」


 ―――――パンッッ!!!


 ★★★


 実況の叫び声に熱がこもる。


「4組速いっ! 4組速いっ!」


 第1走者の苅部が周りと2位と2m差で走る。


「タクトーっ! がんばれぇー!」


 4組の女子達が精一杯応援する。


 2位とそのままの距離を保ってテイクオーバーゾーンにたどりつき、


「頼むぞ!」


「ああ」


 苅部が1位で荏原にバトンを渡す。その瞬間、グラウンドから黄色い声援が上がった。


 バトンを渡したあと、息を切らしながらトラックの内側に入っていく。


「しゃあっっ!!!」


 苅部は雄たけびをあげた。


 自分が完璧な順位でバトンパスを渡せたこと、その成果として女子からの視線と声をもらったことに、極上の喜びを感じていた。


 理想のゴールを決められたのは、日々の練習と情報戦によるものだった。


 苅部拓斗は小学生の頃から自身が人並みよりも運動が出来ることを知っていたが、数々の挫折を経て自身が天才ではないことも知っていた。


 それにも関わらず、人一倍プライドが高くて負けず嫌いな性格のため、例え自分の能力が相手より劣っていても《自分が負ける》》ことは許せなかった。


 天才でもない自分が負け無しの人生を歩めるほど甘くない世界だというのも知っている。


 だから、苅部は負ける状況を作り出すことに努力した。


 それが、凡才以上天才未満の苅部に出来る無敗伝説。


 誰かのせいで負けた、というのは納得がいく。自分のプライドに傷はつかない。


 クラス対抗リレーにおいては体育祭委員の立場をフル活用し、自分が絶対に勝てるうえで自分の存在感を示せる走順を探した。


 それがリレーの第1走者である。


 ここの走者はメンバーの中でも遅い人間が集まるように根回しした。


 そして本番で輝けるようしっかり練習し、己の能力を極限まで高めた。


 その努力の結果が苅部の1位である。


(これで俺の負けはない。あとは藤木の奴にプレッシャーを与えるだけだ)


 ★★★


 やっぱり速いな、苅部。


 4組の応援席から離れた場所で、私はひっそりと男子のリレーを見ていた。


 これなら優勝出来るかも。


 そうすれば、結果的に4組は優勝。


 しかし安堵したのも一瞬、苅部がつくったアドバンテージもどんどん詰められていった。


 荏原がコーナーで5組に抜かれ、荏原と渡会のバトンパスが詰まったところを2組に抜かれた。


 渡会もがんばっているけど、距離を保つので精一杯だった。


 これでは負けちゃう。


 そう思うと、胸がきゅっと苦しくなった。


 ★★★


 全ての3走者目が走り出したところで、教師に4走者目がコースに入るよう促される。


 アンカーを務めるのは久しぶりだった。


 だが、不思議と”失敗するかもしれない”という恐怖はない。


 むしろ、やってやりたいという思いが強い。


 3位の渡会は1位と2位に離されないという大健闘。ギリギリ挽回できる距離を保ってくれた。


 しかし後ろの4位と5位が渡会以上の活躍を見せ、距離を詰めてきている。


 つまり、1位にも5位にもなってしまう状況だ。


 加えて1位は5組を見事抜いた2組。このまま2組が1位になれば、4組に優勝はない。


 勝つも負けるも、優勝するもしないも、全てはアンカーの仕事次第。


 俺は地面から腰を上げ、コースへ向かおうとすると、「おい」と苅部が声をかけてきた。


「1位になれとは言わねー。だが、抜かされるなよ」


 嘲笑混じりの声に怒りがこみ上げる。


「俺達の走りを無駄にすんな」


 お前、いくらなんでもその言い方はないだろう。


 仮にも今は同じ目標を持った仲間だというのに。


 ここは思ってなくても頑張れって声をかける場面じゃないのか。


 そんな俺の怒りを知らず、続けて苅部が言葉を放つ。




「どっかの誰かみたいに転んだら、クラスで裸踊りな」




 ―――――ブチッ、と頭の中で何かが切れた。




「いちいちうるせぇんだよ……っ」




「あ?」


 俺は苅部を睨んだ。


 こんなこと言いたくない。


 が、俺だって許せないもんはある。


 苅部には喧嘩でも、大半の運動でも勝てない。


 学力だって、平均以下の俺よりは上だろう。


 だけどな、こんな俺にも昔、全てをつぎ込んで努力したもんがあるんだよ。


「勝ってやるから黙ってそこで見ていろ」


「なんだと……っ! テメー、誰に向かって……」


 威圧してくる苅部を無視して、テイクオーバーゾーンは並んだ。


 ふと、グラウンドの端にジャージを肩にかけている渚波を見つけた。


 底知れない力が内から湧き出てくる。


 その力に飲まれないよう、深呼吸しながら滝藤の走りを見て待つ。


 見ていてくれ、渚波。


 自分の中で誇れる、たった1つの武器。


 今こそ使う時だ。

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