第39話 打ち上げ —―卑怯な私—―

 ★★★


 藤木くんは、勘違いしている。


 藤木くんが思っているほど、私は良い子ではない。


 言わなきゃ。


 偶然だけど、あなたのスマホとノートを見てしまったって。


 あなたが『学校で一番人気のあの子が路上ライブでベースを弾いているのを、俺は知っている』の作者だから近づいたファンなんだって。


 でなかったら私、多分こんなに積極的に話していない。


 気になってはいたけど、目で追いかけるだけで終わってたと思う。


 最低だと思いつつ、私は凝りもせずまだ話し続けている。


 関わっていくなかで、どんどん惹かれていった。


 そしてもっと知りたくなっていった。


 最低だ。卑怯者め。

 

 ファンの1人として、尊敬の念だけだったのに。

 

 でも今は、尊敬とは別の、似ているけど似ていない感情が湧き上がってしまっている。


 目を背けられない。


 背けたくない。


 藤木くんが時計を見る。


「もうすぐお開きの時間だよな。そろそろ戻るか」


 藤木くんが歩き出す。


「あ、待って」


「ん?」


 藤木くんが振り返る。


「あの……伝えたいことが…………!」


 言いたい。


 好きだって。


 誰かに取られる前に、好きだって。


 自分の卑怯さ棚に上げて。小説のファンだということを伝えずに。


 今日の活躍を見て、恵奈の発言を聞いて危機感を覚えた。


 うかうかしていたら、誰かに取られてしまう。


 そんなのは嫌だ。


「伝えたいこと?」


 頷く。


「その、す――――――」


「す?」


 うっ………断られたらどうしよう!


 言え、言え! 言ってしまえ、私!


 言えば楽になる。


 なのに言葉がのどにつっかかって出てこない。


 ずるいぞ私。


 散々人をフッておいて、自分がフラれる時はビビるなんてずるい。


「す…………す…………」


 口が上手く動かない。声も喉に張り付いて出てこない。


 これ以上、失望させないで……。


「す……?」


 藤木くんが若干訝しんでいる。


 やばいやばいやばいっ! 言わなきゃ!!!


「すー………すぅー―――き……ぞくかんに行きませんか!?」


「…………すきぞくかん?」

 

「あ……えとえと……そのそのそのっ!」


 バカ! どうして最後に逃げを選択しちゃうっ!


 訂正っ。訂正するのっ! 


 “すきぞくかん”の“ぞくかん”を除くって。ほら、早く―――


「あー水族館? え、俺と? なんで?」


「そそそそれはー……きょ、今日のお礼っ! そうっ、今日のお礼! チケット持ってるから私、それで行こうよ!」


「あ、あーそうなんだ」


 心なしか残念そうな顔している。


 もしかして、藤木くんも好きになってくれてる……とか?


 いやでも、藤木くんから何か誘われたこともないし、それはないよね。


「えーっと、俺でよければ。……でもいいの?」


「もちろん! ぜひ、お願いします!」


「え、いや、そんなかしこまらなくても……。こ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 ゆっくり―――はしてられないけど、焦らず距離をつめていければいいな。


「じゃあ、戻ろうか」


 藤木くんの言葉に頷き、2人でファミレスに戻った。


 想いは告げられなかったけど、デートの約束はした。


 これは、意味ある1歩だ。


 ………………でも待って。


 そういえば、私って2人きりでデートしたことない。


 ついでにいえば、水族館のチケットも持っていない。


 どうしよう……買いに行かないと。

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