第32話 見ていてくれ

「なぁ、誰が最低だって? 言ってみろよ」


 ドスを利かせて俺達に近づいてくる苅部。


 今まで見たことのない、本物のリア充の怒り顔を見て俺は恐怖した。


 宮坂も同様、いや俺以上に顔が引きっていた。


 当然だ。クラスカースト上位の苅部のことを悪く言ったのである。


 自分がいじめの標的になるかもしれない。恐怖を感じない方が難しい。


 そんな張り詰めた空気のなか、山下だけはむしろ挑発するようにニヤニヤする。


「あ、別にいいだろ? ウワサ話するくらいさ。器量が小さいねぇ〜」


「あ?」


 苅部がずいっ、と山下に近づく。横幅は同じものの、縦幅は苅部の方が上。


 中3と高3が対峙しているようだ。


 それにも関わらず、山下は「やんのか?」と言わんばかりに下から余裕の目で睨みつけた。


あらたくんと仲良いからって調子に乗ってるんじゃねぇよ?」


「お前じゃねぇんだから、先輩を後ろにつけて威張るような真似なんてするか」


 両者の睨み合いを見て、先ほどまで怯え震えていた心が落ち着いてくる。


 ここで仲間割れして、喧嘩して、何の意味があるのだろうか。


 今、渚波がして欲しいことは何だろう。


 苅部の行いを暴き、罪の重さを自覚させ、渚波に謝罪させることか?


 違う。


 4組が優勝することだ。


「2人ともやめろって」


 俺の言葉に宮坂含む3人が注目する。


 覚悟は決まった。俺は、俺達の力でリレーで勝って4組を優勝させる。


「今は仲間割れしている時じゃないだろ」


「あ?」と威圧してくる苅部。


 心臓がぎゅっと掴まれたように苦しくなるが、さっきほどではない。


 臆する心を奮い立たせ、苅部の目を見る。


「次、俺らはリレーだろ。今はそれに集中するのが大事なんじゃないのか?」


「オメーらが陰口叩いてきたから」


「陰口じゃない。ウワサだ。そーゆー話が出回ってるってだけの話だろ。違うなら違うで普通に説明しろよ。苅部が正しかったら謝る。それなのに威圧してくるってのは、やましい気持ちがあるからじゃないのか?」


「自分が悪く言われてヘラヘラしてられるかよ」


「俺がお前に悪く言われた時は、こんなふうに突っかからなかったぞ」


 ちっ、とバツが悪そうにする苅部を見た俺は、宮坂と山下に目で合図を送った。


「じゃあまたリレーで。頑張ろうぜ」


 3人、トイレの方へ向かった。


 苅部が追いかけてこないところを確認して、俺は立ち止まる。


「おい藤木、あれでいいのかよ」


 山下が不満そうに言ってきた。宮坂は安心と不安がごちゃ混ざった表情を向けてきた。


「いいんだよ。苅部が本当にやったのかどうかの調査は2人に任せる」


 言いながら俺は駆け足でトイレとは違う場所へ行く。


「お、おい! どこ行くんだよ!」


 ★★★


 振動するスマホ。


 凛子と沙良とのグループLINEから通知がきた。


『騎馬戦、今めっちゃ盛り上がってる! 大将戦! 佐藤先輩凄いかっこいい!』


『逃した魚は大きいよ?』


 沙良に続き、凛子がからかってくる。


 嬉しい。2人の存在に助けられている。


 トーク画面を開こうとして、やめた。


 まだここにいたい。


 スマホをベンチに置き、膝を抱える。

 

 木々が揺れる音に、遠くからする歓声の音が小さく混じる。騎馬戦、盛り上がってるみたい。


 馬鹿だな、私。


 自分で出たいって言ったのに。無理して出たのに。


 なのに、いざ出て失敗したらここに閉じこもるなんて。


 色んな人に応援してもらえたのにも関わらず。


 ずるい人間だなぁ。嘆く権利はないのに。


 自分をけなしつくしたところで腰を上げようとすると、


「――――っ!」


 瞬間、今年の体育祭に向けた練習が一気にフラッシュバックする。


 朝と夜にランニングしたこと。


 体育祭委員の打ち合わせをしていた日々のこと。


 藤木くんに、『一緒に1位取ろうね』とLINEしたこと。


 駄目だ。悔しい。悔しすぎる。


 最高の4組で、体育祭優勝させたかった。


 足を怪我した時からどんな結果になっても泣かないって決めたのに、どうしようもなく鼻がじーんとしてくる。


 駄目だ。泣くな。泣くな。泣いちゃ―――


「ここにいたのか」


 心臓がドクンと跳ね上がる声が聞こえ、反射的に顔を上げた。


「――――っ」


 私は目に溜まりかけた雫を拭い去る。


「どどど……っ! ……どうしたの、藤木くん」


 俯きながら訊いた。若干涙声になっていたが、目を見せなければバレないはず。


「心配だから様子見に来た。大丈夫?」


「優しいね。大丈夫だよ」


 とくん、と胸が高鳴る。


 嬉しい。


 けど、今だけは来てほしくなかった。情けない姿を見られたくなかった。


 今だけは、どうか帰って――—


「ごめん、嘘」


「え?」


 思わず顔を上げる。


「心配だからってのは、嘘。心配なのは本当だけど、会いに来た一番の理由は違う」


「……?」


 首をかしげる私に、藤木くんは真剣な顔で、


「決意表明のために来た」


 きっぱりと言った。


「………クラス、優勝させる」


 周りの音が消え、彼の声しか無い世界になる。


「勝ってみせる」


「………………………」


「だから、見ていてくれ」


「…………………うん」


 私は彼の目を見て頷いた。


 秋の風が、2人を優しく包む。






 体育祭はもう終盤だ

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