第31話 2人なら……

「はい。これで終了。今日はあまり足を使わないようにね」


「ありがとうございます」


 私は保健室の先生にお辞儀した。


 本日二度目の保健室。

 

 微かに香る薬品の匂いは、あまり好きじゃない。


 そういえば中学の頃に体育の授業で足を怪我した時も、2人の友達が付き添いで来てくれたっけ。


 今回は凛子と沙良。


「大丈夫、澪?」


「うん。大丈夫だよ」


「それなら……いいけど」


 凛子が悲しそうな顔をした。すぐ横にいる沙良が「はい、これ」と私のスマホを手渡してくる。


「通知めっちゃ来てるよ」


「はは、本当だ」


 たくさんの友達から心配の連絡が来ていた。


 私のことを気にかけてくれるだけでも嬉しい。あとで必ず返そう。


 私はスマホをポケットにしまう。


「次は3年の騎馬戦だって。澪が振った佐藤先輩が主将だって。観に行かない?」


「観に行きたいけど、もうちょっと足の調子が良くなってからかな。だから、2人で行ってて」


「そう? なら私も—――」


「大丈夫」


 沙良の言葉を遮った。一瞬マズいとは思ったけど、このまま言葉を紡ぐ。


「沙良達は騎馬戦見てきて。結果わかったら教えて」


「わかった」


「必ず来てよ……待ってるからっ」


「こら、沙良」


「ごめん……でも…………!」


 もどかしそうな顔を見せた沙良を、凛子がムリヤリ保健室の外へ連れ出した。


 ぴしゃっとドアが閉まり、沈黙が流れる。


 保健室の先生も気を使って、喋りかけないでくれた。


 LINEを返そうとするけれど、言葉が浮かばなかった。


 もうちょっと1人で考えたい。


 そう思った私は、保健室を出て行った。


 ★★★


 クラブ対抗リレーは、結果的には残念な順位となった。


 しかし、めちゃくちゃ熱かった。


 カーブで転倒した渚波。手から零れ落ちたバトン。この2つから生み出された結果は、4組は1位から最下位へ転落というものだった。


 だが、地面から立ち上がった後の走りは圧巻だった。


 火事場の馬鹿力というべきか、物凄い勢いで追い上げていった。


 どんどん距離を詰めていき、1人を抜きそうなところでゴール。


 結果はビリ。加えて、リレーで1位になった2組に総合得点を抜かれて、4組は2位に下がってしまった。


 悔しい結果となったが、会場は沸いた。


 転んでも勝負を投げず、最後まで全力で走った渚波に惜しみない拍手と声援が送られた。


 渚波は泣きそうな素振りを一切見せず、会場にありがとうと叫んで笑顔で答えていた。


 それでも悔しいだろうな。相当な練習を重ねていたし。泣いてもいいのにな。


 渚波、今夜はきっと悔しくて眠れないだろう。俺だったら眠れない。


 心配だし、LINEでも送るか?


 いやでもなんて言葉を送れば……。


 何をしていいかわからない俺は、とりあえずこの騎馬戦の後に行われるリレーのための準備をすることにした。


 少し走れば、この後どうすればいいのか、良い案が浮かぶかもしれない。


 席を立つと、山下も一緒に立って俺の後についてくる。


「お、トイレか? 俺も付き合うぜ」


 トイレに行きたいわけではなかったが、山下の言葉を聞いたら尿意を感じてきた。


 山下と共にトイレに行く道中、人が少ないところで、


「あ、あのっ!」


 後ろから声が聞こえた。


 2人一緒のタイミングで振り返ると、同じクラスの宮坂みやさか守人もりとがいた。マッシュルームヘアーに、楕円形の形をしたメガネをつけているのが特徴となっている。


「どうした?」


 俺が聞いた。話したことはあまりないので、ちょっと緊張した。


「えっと、あの、僕が言ったって秘密にしといて欲しいんだけど……」


 俺と山下は頷いた。


「綱引きの時に渚波さんの足を怪我させたの、苅部なんだ」


「え?」


 どういうことだ?


 宮坂が途中どもりながら伝えてきたことはこうだった。


 綱引きの最中、苅部が不自然なくらい身体を斜めにし、足を前に出したこと。そしてすぐに体を元に戻したこと。綱引きに負けたにも関わらず、ニヤッとしていこと。


「マジかよ……」


 俺は唖然とした。頑張っている人間にそんなことする人がいるのかと。


「最低だな、あいつ」


 山下の目は今すぐにでも殴りそうなくらい鋭かった。


「ああ、事実ならな」


 宮坂の言うことを信用していないわけじゃないが、全て鵜呑みにすることはできない。


 だが、宮坂があんまり喋ったこともない俺達に伝えてきた以上、苅部はほとんどクロだろう。


 あとは目撃情報か、本人の自白か。


 真相を暴く必要がある。


 正義とか義憤とかじゃなく、単純に知りたい。


 やっているかどうかを。渚波に対して悪意があったのかどうかを。


「でも、なんで俺らに伝えたんだ?」


 山下の質問に宮坂は一生懸命答える。


「なんとかしてくれそうな人に伝えなきゃって思ったから。苅部の友達に伝えても信じないどころか、僕をホラ吹きって言うかもしれない。でも藤木たち2人なら、僕の話に耳を傾けてくれるだけじゃなく、動いてくれそうだったから」


「いや、俺らは4組の窓際族だぞ。なんとかできる力はないと思うが」


「障害物競争決める時、藤木くんは代わってくれたでしょ? そんな人なら、なんとかしてくれると思って」


「買い被りすぎだよ」


 俺はそんなに高尚な人間じゃない。


 それに力が無いから、苅部のいいようにさせてしまった。


「それに渚波さん、すっごい落ち込んでたから。苅部の最低な行為で渚波さんが悲しむなんて許せないよ」


「誰の最低な行為で澪が悲しむって?」


 底冷えするような声で、場の空気が凍る。


 声の方を向くと、苅部がいた。

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