第30話 負けん気オーバードライブ

 ★★★


「すばらしいバトンパスっ! 今までこれほど綺麗なバトンパスがあったでしょうかっ! さすが陸上部の加藤かとうつむぎと前年ミスコン1位の渚波澪!」


「……今年の実況は気合入ってんな」


 むしろ贔屓ひいきしてる。


 声量と熱量か良いから聞いてて楽しいけど、実況者としては良くないなぁ。


「加藤と渚波のファンなんだって。単品じゃなくて、セットで初めてファンだとか」


 俺の呟きに山下が重ねた。


 盛り上がっているのは観客も同じだった。


 素人が見ても美しいと一目でわかるバトンパスだった。陸上部員といわれたら思わず納得しちゃう。


 相当練習したのだろう。


 普通の体育祭にここまでするのか。


 そりゃあ無理を押し通して出るのもわかる。


「速い! 速いぞ渚波っ! そのままゴールまで行くのか!? いや、行ってみてくれぇっっ!!!」


「確かに速ぇなぁ」


 実況の言葉に頷く山下の発言に、俺は頷かなかった。


「いや、もっと速いはずだ……」


 少なくとも1年の時の方が、スピードも迫力もあった。


 渚波がテイクオーバーゾーンを発った時から違和感を感じていた。


 フォームがブレている。特に右足で地面を蹴る時。庇って蹴っているからスピードが出ない。


 本人は無意識に庇っているのだろうけど。


 ……多分、相当痛いはず。


 2組の女子がジリジリと距離を詰めてきている。アンカーを務めるだけあって、結構速い。


「頑張れっ! 渚波っ!」


 観客の大きい声援の中、俺も負けじと声を張り上げる。


 俺に出来ることは応援だけだ。

 

★★★


「渚波選手、このまま逃げきれるかーっ!?」


 痛い…………っ!


 どんどん痛くなってくる。


 踏み込む度に、針で貫かれたような痛みが襲ってくる。


 右足を地面につけるのが怖い。


「頑張れっ! 渚波っ!」


 藤木くんの声が聞こえる。


 痛みに…………負けたくないっ!


 応援してくれているみんなのためにもっ!


 もうすぐ最終カーブに入る。


 私は庇っていた足の意識を消し飛ばして、グラウンドを蹴ったその時。


「―――――っ!!」


 今日一番の大きな痛みが足を貫く。


 痛いと思った時、すでに全身の痛覚が無くなっていた。


 ただ、急に地面が上がってきて―――


 ガンッ!


 遅れて音がやってくる。手に持っていたバトンの感覚がない。


 バトンっ……バトンを探さなきゃ……っ!


(ああ、やっちゃった……)


 たくさんの足が私を横切っていく。


(終わった。大ポカやらかしちゃった)


(みんなになんて言って謝れば―――――)


「後ろだああ! 渚波ぁぁっ!!!」


 藤木くんの大声が私の冷めた耳に届く。


 私は反射的に後ろを向いた。


(あった、バトンっ!)


 すぐに手に取って走る。


「追いつけぇぇ! 澪ぉぉぉぉぉっ!!!!!」


 凛子が叫んでくれる……っ。


「がんばれぇぇぇぇぇ!!!」


 沙良が応援してくれる……っ!


「澪ちゃぁぁぁん!!」「諦めるなー!!!」「いいぞぉぉぉぉっ!!!!」


 たくさんの人が応援してくれている。


 下なんか向いていられない。痛みに負けてられない、


 走れ。


 走れっ。


 走れっ!


「いけぇぇぇぇぇぇ!!!」


 柄にもなく叫んでいる藤木くんの声を背に、私は痛みを感じる右足で思い切り地面を蹴った。

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