第25話 視線
教室に戻ると、クラスの約半分がいた。他の人達はどこか違うで食べているのだろう。
いつものメンバーと笑いながら食べている渚波の横を通り、スマホゲーをやりながら弁当を食ってる山下のところへ行く。
「あれ、早くね?」
イヤホンを外しながら顔を上げる山下。
「ん? ああまぁな」
「あれ、それって弁当じゃん。どうしたの?」
「なんか、母さんが届けにきた」
「高校生にもなって? つか、お前の母ちゃん、そんな子ども想いだったっけ?」
「ああ、最近過保護なんだ」
嘘である。
実際は放任主義で、頭のネジが一本飛んでいる。
一度、弁当箱に500円玉一つ入れて、『これで何か買ってね』というユーモアあふれる嫌がらせをしてくる親だ。
「なるほどねぇ。それにしても可愛らしい包みだねぇ」
山下はスマホに目を落としながら、メロンパンをかじる。
俺も座り、丁寧にランチョンマットの結びを解く。
2段の弁当箱のデザインは白一色と意外にもシンプル。女子以上男子未満の大きさ。
さて、満を持して弁当を開ける。
「おぉ……」
1段目にはぎっしり白米の上にごまがパラパラとまぶしてある。
2段目には艶のある煮物、黄色と白色が綺麗な卵焼き、形の良いブロッコリー、食べる前から絶対美味しいとわかるから揚げ。
ぐ~っとお腹が鳴る。どれも美味そうだ。弁当でこんなに心躍ったのは初めて。
「意外と美味そうだな」
「意外じゃないぞ。想像以上に、だ」
「は?」
何言ってんだこいつ、見たいな顔してきた。
俺は心の中で山下にドヤ顔をかましていた。
悪いな、学校1位の女子から弁当もらっちまったんだ。
俺は手を合わせて、「いただきます」と呟いた。
さっそく煮物を一口、と箸を伸ばしたところで視線に気付く。
…………渚波が、友達の間を縫って、ちらちらとこっちを見てくる。
あ、目が合った。
素早く目を逸らしてくるも、またそろ~りとこちらを見てくる。
あとなんかハラハラしているし。
つか、大丈夫か?
塩島とかめちゃくちゃ心配そうに渚波のこと見てるぞ。俺の方見ていることバレるよ?
それに、そんなに見られると食べにくいんですが。
でもまぁ、渚波が俺の反応を気にする理由はわかる。
そりゃそうだ。誰かに食べてもらう前が一番緊張する。
渚波の視線を気にせず、食べよう。
煮物を一口食べた。
「おいしい……!」
思わず口からもれた。
ちょうどよく出汁がきいていて、なおかつ野菜のうま味もしっかりある。
なんて美味しんだ。こんなに美味しいものなのか。
ちらっと渚波を見る。胸を撫で下ろしていたようだ。
「珍しいな。お前が美味しいなんて言うなんてさ。いつも学食だと死んだような顔して食ってるのにさ」
「そんな顔して食ってんのか、俺?」
「ああ。お前の顔見てると飯が不味くなるから見ないようにしてたんだ」
だからスマホばっか見てんのか。
次に卵焼きを食べる。ほんのり甘さが広がる卵に、思わずうっとりした。
「その卵焼き、美味そうだな」
山下が羨ましそうに弁当を覗いてくる。
「ああ、美味い。マジで美味い」
「どれ、一口ちょー」
手を伸ばす山下の手を左手で
「イタっ、何すんだよ」
「あげないよ。何1つも」
「どうしたお前。いつもなら1個くらい食べさせてくれるくせに」
「今回は別だ」
「けっ、マザコンめ」
山下の発言を無視して白米を食べた。もう何もかもが美味しく感じる。
「みーおん、どうしたの? ニヤニヤしちゃって」
遠くで塩島の声が聞こえたので、渚波に目を向ける。
確かにニヤニヤしていた。
「こんな顔してたよ」
牧野がやや過剰に渚波のモノマネをする。
「そっ、そんな顔してないよ!」
「してたよ。ね?」
牧野の問いかけに、塩島が頷く。
「うそ~……。それはちょっと……まずい」
「なんか良いことでもあったの?」
「まぁ、それはー……秘密」
「あ、じゃあーにやにや顔拡散しちゃおうかな……」
「撮ったの!?」
「さぁ~どうでしょう?」
牧野よ。写真があるならあとで貰おうかな。
「藤木」
山下の呼ぶ声で現実に戻る。
「なんだ?」
「ついつい目がいっちゃうのは仕方ないけど、あんまりあっちを見るなよ。キモい奴だって思われるだろ」
それは確かに。
「気を付けるわ」
俺は視線を弁当に戻し、再び食べ始める。
半分以上食べたところでピロンと渚波からLINEが来る。
『弁当箱はそのまま机に入れておいていいからね。あとで回収するから』
『そういうわけにはいかないよ。弁当箱洗わせてくれ』
20秒ほど経って、LINEがくる。
『洗いたいの?』
『うん。洗いたい』
『じゃあ、お願いしますっ』
プリンと犬が合体したようなキャラがぺこりとお辞儀するスタンプが送られてきた。
『任されて!』
ごま1つ残さず、弁当を食べきった。
これで力が付いた。
午後、クラス対抗リレーに勝てる気がする。
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