第24話 お弁当

 ピーンポーンパーンポーン。


「これにて、体育祭午前の部は終了です。午後の部は1時15分開始です。遅れないようにしましょう」


 放送が流れる前から、生徒達は校舎へパラパラと戻っていく。


 全身砂と小麦粉まみれの俺は、顔を洗うより先にスマホと着替えを取りに応援席へ向かった。


 珍しいことに、応援席にはまだクラスメート多く残っていた。


 そのうち、一切関わったことのない女子が俺を見つける。


 関係性の薄い人を笑うのは失礼だと思っているのか、笑うのを我慢している。


 次いで気付いた山下が俺を指差してきた。


「なんだよ、その顔!」


 豪快に笑ったのを皮切りに、クラスが笑う。


「ねぇ、写真撮らせて」


 宇佐美が笑いながら近づいてきて、許可なく写真を2、3枚撮ってくる。


「おい、やめろって!」


「いいじゃん、次はツーショットで!」


 宇佐美が無理矢理回り込み、顔を近づけてきた。


 うわっ、柑橘系の香りがする。つか、こいつ肌めっちゃ綺麗なんだけど。


 加工なしでこれとか、やっぱ顔だけは――――


 カシャ、カシャ。


「あ、俺の顔が崩れるてる! 撮り直せ!」


「ウチが盛れてるからいいの。つか、いつも崩れてるっしょ」


「は!?」


 宇佐美め、いつか痛い目に合わせてやる。


「あっ! みーおん、おかえり~。仕事お疲れさ……って顔恐いよ。どうしたの?」


 塩島の声が聞こえ、そっちを向く。


 渚波がむっと眉をひそめていた。あと目が宇佐美の方に向いているよな……。


 2秒後、渚波がハッと我に返る。


「べっ、べべべ別に顔なんていつも恐いし。変わんないよ」


 なんかおかしなこと言ってるんだが。


「あ、もしかして―――」


「なんでもないからっ!! それよりもお昼っ! お昼行こ!」


「わ、わかったよ……」


 4組のみんながやっと散っていく。


 俺も荷物を回収し、山下と汚れを落としに流し場へ向かった。


 蛇口をひねり、流れ出した水に頭から突っ込む。


 うわ、意外と冷たくて気持ちいい。水浴びしてるみたいだ。


 この時ばかりは夏にやや劣るくらいの日差しに感謝した。


「お前、よくあんなにカラダ張ったな。すげぇよ」


「まぁな」


 なるべく手際良く汚れを落とし、タオルで拭いたあとその場で着替えた。


 粉臭かった全身が、フローラルな香りに包まれる。生まれ変わった気分。柔軟剤最高!


「よし、学食行こうぜ」


「はい?」


 山下が首を傾げる。


「何言ってんのお前? 今日土曜日だから学食も売店もやってねぇぞ」


「げっ、マジかよ………」


「昨日、先生が言ってたろ」


 マジか。そういえばそんなこと言っていたような……。


「え、もしかして持ってきてないの?」


「ああ」


「ばっかでぇ」


 山下はケタケタと笑いやがった。こいつマジで本当に……。


 というか山下のやつ、ホームルーム中いつもゲームやってるくせによく聞いていたな。


 それにしてもどうするかな、昼飯。


 このあとは全体種目の綱引きと走り玉入れ、そして個人種目のクラス対抗リレーがある。


 これを昼飯抜きでやるのは少々キツイ。


 仕方ない。


「ちょっと行ってくるわ」


「どこに?」


「コンビニ。さすがに昼食なしはキツいしな。先に食っててくれ」


「あいよ」


 余計な荷物を山下に預けた俺は、校門に向けて歩きだした。


 少し歩いたところで、後ろから足音が聞こえた。


「ふ、藤木くん!」


 後ろにいたのは、渚波だった。両手を後ろに回しているため、胸が前に出ている。


 うっすら赤い頬やパッチリ二重の大きな目よりも、豊かな胸のふくらみに目がいってしまう。


 やっぱり大きいよな。形も良さそうだし。


 —―――って馬鹿か。見るな。女子は男の目線に敏感だって聞く。見てたらバレるぞ。


「おっ………お疲れ様っ。障害物、とてもよかったよ!」


「ありがとう」


「うん」


 両手を後ろに回したまま、渚波が少し俯いて考え事をする。


 さっきまでうっすらと赤くなっていた頬が、今ではかなり赤い。


 なんだろう。


 ……まさか、胸を見ていたのがバレてたとか!?


「もっすっ!」


「……もっす?」


 数秒、時間が止まる。


 新手の呪文だろうか。


「あのえとえと、違ってて! そのっ!」


 渚波が後ろからバッと薄いピンクと白のランチョンマットに包まれた物を俺の前に出す。


「もも、もっもしよかったら私の弁当、たべべますか!?」


「なんて?」


 たべべますか? 


 あー、”食べますか”ってことか。


「えっとー……いいの?」


「もっ、もちろんっ! ぜひぜひ! 否が応でもっ!」


 渚波が大きく頷く。


「つか、その渚波の弁当はあるのか?」


「う、うん! 藤木くんのために作ったから」


「俺のため?」


 え、マジで?


 驚いた表情で見ると、渚波が口をあわあわさせ始める。


「うっ、うっそ~~~!」


「はい?」


「今日は体育祭で、もしかしたらめちゃくちゃ動いてお腹、いつもより空くかな~って2つ作ってきたの。で、たまたま見かけたらご飯持っていないって言うのが聞こえて。私そんなにお腹空かなかったら、1つあげようかな~って!」


「へぇー……」


 めっちゃ早口で言ってきた。圧が凄い。


「ほ、ほんとだよっ!」


「大丈夫だよ。疑ってないから」


 渚波が関わりの薄い俺のために弁当を作るはずがない。


 万が一作っても、その場合は俺に事前に知らせるだろうしな。


 でないと、俺の昼飯が2つになる場合も生まれるし。


 ……まぁ、もし弁当が2つになったら気合で両方とも完食するけど。


「そういうことなら遠慮なく。ありがとう、渚波!」


 渚波から弁当を受け取ると、ぱぁぁぁっと笑顔になった。まるでお母さんに褒められた子どものよう。やった、と今にも言い出しそうだった。


 ミスコン1位から弁当を渡されて断る男子などいないのだから、そんなに緊張しなくてもいいのに。


「じゃ、じゃあ私、友達のところに行くね!」


「ああ、またあとで。これ、いつかお礼するから」


「大丈夫だよ」


「いやいや、お弁当貰っておいて何もなしは申し訳ないよ。嫌じゃなかったらお礼させてくれよ。俺がしたいんだ」


 うーん、とめちゃくちゃ悩む渚波が出した答えは、


「じゃ、じゃあ…………お礼…………待ってます」


 その上目遣いと甘えた声は反則だろう。


 弁当貰ったうえにこんなこと言われたら、誰だって好きになっちゃうよ……。


 口内を噛んで、にやけるのを止める。


「じゃ、またあとで」


「引き続き体育祭委員、がんばってね!」


「うん!」


 ばいばい、と手を振って校舎に入って行く渚波を見送ったあと、俺も校舎に入っていった。


 渚波から弁当貰ったって学校の男子に知られたら、間違いなく殺されるな。


 黙っておこう。


 ★★★


(あいつ……)


 ジュースを買いに行ってた苅部が、藤木と澪が姿を見る。


(面白くねぇな)


 自分がこっぴどくフラれて、自分達だけは良い雰囲気になっているのは見ていて非常に不愉快だった。


 藤木に関しては、障害物競争のウケ具合から周りの男子でも話の話題になっていた。仲の良い先輩も『面白い奴だな』、『アイツが後輩だったらなぁ』とこぼしていた。


(イラつくぜ……)


 苅部は拳を握る。


(俺を不幸にしておいて自分だけ幸せになろうだなんて、そんなイイ話があってたまるか)


 前から抱えていた憎悪が、ついに爆発した。


(マジで、地獄に落としてやる)


 ★★★

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