第23話 全力オブスタクル・フィールド

 障害物競争の競技者の列に並ぶ。


 なんか、周りの音が遠く感じる。


 結構緊張しているな。


 こういう時は古来から伝わるおまじないに頼るが吉だ。


 左のてのひらに人という字を書き、飲み込む。これを5回繰り返した。


 ……だめだ、ぜんっぜん効かねぇ。


「ふ、藤木くん!」


「渚波」


 渚波が整列業務の合間をぬって俺に声をかけてくれた。


 汗が流れているにも関わらず、なぜか良い匂いがする。どうして?

 

 それに、汗が妙に瑞々しくてフレッシュさが出ている。


 渚波は、改めて別格だと思えた。


「あ……あのあの……」


 一瞬俯いて恥ずかしがるも、意を決して俺の方を見る。


「が、がんばってね」


「ありがとう」


 うん、と頷いたところで、渚波は仕事に戻った。


 全て整列し終わり、音に合わせて競技者がグラウンドに駆け足で入場した。


 自分の番を待っている中、俺の中のかっこよくいたい自分が問いかけてくる。


 渚波が見ているなか、バカやるのか?


 普通の人なら普通の人らしく普通にやるのが一番だろう。


 だけど、それでいいのか?


 求められているものは、本当にそうなのか?


 —―――やってやる。


 所詮しょせん見世物みせもの競争。


 ならば、ここは恥を捨てて走ってやる。


 一度決めると、今度は緊張が激しく押し寄せる。

 

 胸の鼓動がうるさいせいで、周囲の音が遠くに聞こえる。視界は狭く、かつぐらぐらと揺れてある。


 なんか息も苦しくなってきた。


 緊張していると時間が経つのが早いもので、あっという間に俺の番となる。


「さて、第3レースから男子2年の部。どんなレースを見せてくれるんでしょうか」


 グラウンドに実況の声が響き渡る。


 スタート位置まで歩きながら、周りにいるライバルを確認する。


 イケイケグループのいじられキャラが3人、俺と同じ貧乏クジを引いた人が1人いた。


 応援席からはいじられキャラと思われる3人の名前が叫ばれ、「1位取れよー」やら「かませー!」やら言われている。


 いじられキャラの奴は、ニヤニヤしながら手を振ったり「ふざけんなー」とか言ったりしていた。


 認知されていていいなぁと思っていじられキャラの人を見ていると、


「藤木ーがんばれー!」


 塩島が俺に聞こえるように大声で手を振ってくれた。他の女子や男子までも応援してくれている。


 ありがたい。


 こうなりゃあ、期待に応えるしかないな。


 スタート位置にたどり着いた俺は、しゃがんで、クラウチングスタートのフォームを取る。


 俺を見てライバル達はもちろん、観客が若干どよめいた。


 なぜなら障害物競争はスタンディングスタートだから。


 俺以外の競技者は全員スタンディングスタート。


「いいぞー藤木ー!」


 塩島が手を叩いて笑った。大きな胸がたゆたゆと揺れる。


 完全に調子に乗ってると思われているが、それでいい。それでいいんだ。


 合図を出す教師が若干笑いながら、ピストルを上に向ける。


「位置について、よーい……」


 パンッ!


 俺はグラウンドを思いっきり蹴って、飛び出す。


 うわっ、滑るっ!


 想像以上に滑って走り出しが遅くなったが、ともかくスタートを切った。


 クラウチングスタートが裏目に出たのか、最下位となる。


 出遅れた。だが障害物競争など、アプローチ次第でいつでも挽回出来る。


 見ていろよ、4組!


 第1の障害、網くぐり。


 1位と2位はすでに網くぐりの後半まで進んでいる。だが、前の2人は今まさに網に到達したところ。


 追い上げるチャンスっ!


 前の2人がくぐろうと網を持ち上げる。


「ここだぁぁああああああああ!!!」 


 ずざざざざッッ!!!!


 ヘッドスライディングをかまし、持ち上げられたところに無理矢理食い込む。


「おーっと! 野球部顔負けのヘッドスライディング! これは痛そうだ!」


 実際痛い。それに体操着の前が土塗れ。


 恐れずに顔を上げて飛び込んだからあごは無傷だが、てい骨を強打した。ジンジン痛くなってくる。


 歯を食いしばれぇ、俺! 休んでる暇はねぇ!


「あっ!?」


 ライバルが驚いているすきに、俺はトカゲがごとで網を素早くかいくぐる。


「きもっ!」


 宇佐美が言ったな、今の。あとで尻叩く。


 高速四足ダッシュで目の前にいた4位の奴は簡単に抜かした。


 続く3位も、網をくぐり終えたところでブチ抜いた。1位まで2人。


 目の前の奴は軽音楽部にいそうな見た目をしているが、速さはほぼ互角。


 抜けそうで抜けない。


 少し距離を詰めたところで、次の障害物”ピンポン玉配達”に到達。


 1位のいじられキャラは、思った以上に言うことを聞かないピンポン玉に翻弄されていた。


 一方、その後ろにいる2位と俺は、巧みにおたまを操り、1位に迫る。


「抜くか? 抜くかっ? おっと抜いたー! 2組、一気に3位まで転落ー!」


「はえー!」とか「いいぞー!」という笑い声が聞こえてくる。


「お先っ!」


 見事ピンポン玉を落とすことなく、そして1人を抜ききって2位に浮上。


 あと1人だ。絶対逃がさねぇぞ。


「さぁ、続いては子ども用三輪車漕ぎ。ハンドリングが悪く、コースアウト続出だが、果たして4組はどうか!?」


 俺は飛び乗り、漕ぎ始める。


 なっ、なんだこれ!? めちゃくちゃ漕ぎづらい!!


 ペダルを漕ぐ足とハンドルを操作する腕がぶつかって上手く進まない。


 だが、舐めるなよ! 


 プライドを捨てた今の俺に、恐れるものは何もない。


「うおおおおおおおおおおお!!!」


 ゴキゴキゴキゴキゴキーッッ!!!!


 馬鹿みたいに雄たけびをあげて、思いっきり子ども用三輪車を漕ぐ。


 ペダルが悲鳴を上げているが、関係ない。壊れたらそれまでだったってことだ。弁償義務も無いし。


 全ての力を注いで漕いだ。


 その甲斐かいあってか、三輪車はまっすぐ進んだ。


 よしっ、横に並んだ!


 このまま一気に、やや不安定に走るライバルを内側から抜いてやる!


「ちっ!」


「あぶねっ!」


 ライバルが手で俺の肩を押しのけてきた。


 なんてことしやがる。転びそうになったぞ。


「お返しだ!」


 俺はライバルが乗る三輪車の前輪を足で思いっきりった。


「うわぁっ!」


 情けない声を出して、ライバルは三輪車ごと転んだ。


「あ、暴力はよくないですよ、4組」


 実況が冷静に突っ込んできた。


(最初に仕掛けてきたのはあっちの方だろ)


 抗議したかったが、そんなことしても無駄なので俺は漕ぐことに集中した。


 その結果、三輪車レースを1位通過した。


 このまま勢いで押し切る!


 ぐるぐるバットコースに入った瞬間、俺はバットを持って全力で回転した。


「1……2……3……4……5!」


 バットを手放し、ぐらんぐらん揺れる視界の中でがむしゃらに走る。


 が、どんどん体が左側に倒れていく。


 あ、やばい。


「いってぇ!」


 左肩と左ひじにガンッという痛みを感じる。


 痛がってる場合じゃない。このままじゃ置いてかれる。


 立て! 立つんだ俺!


 しかし体が思うように動かず、満足に立てているかも分からない。


 やっとの思いで視界が戻ると、すぐ前に2人がいた。


 くそっ、抜かされた! だがまだ間に合う!


 走って距離を詰めたところで、最後の障害が訪れる。


 ……………………来たか。


 勉強机の上におけが置かれ、その桶の中に大量の小麦粉がかれ、小麦粉の上にマシュマロがちょこんと乗っている。


 これが一番やりたくないんだよなぁ。顔が小梅太夫みたいになるし、そもそも俺マシュマロ好きじゃないし。


 砂漠にポツンと咲いた花を見るような目でマシュマロを見る。


 刹那、捨てたはずのプライドが、語りかける。


 変な動きはせず、パクッと食べてしまえば、俺は1位でゴールだ。


 クラスの優勝に貢献できる。みんなも喜んでくれることだろう。


 もうこれ以上、馬鹿をやってお前の評価を落とす必要は無い。


 ここは全校生徒に見られている。


 渚波はもちろん、宇佐美や塩島だって見ている。そんな人間に醜態しゅうたいを見せていいのかよ。


 もう、いいじゃないか。充分頑張った。体張った。身を削った。


 最後くらい、スマートにゴールしよう。


 そんなふうに言ってくるプライドに、俺はハッキリ断言してやる。


 ここまで馬鹿やってきたんだ。


 だから、最後まで馬鹿させろ。


 —――—――この間、0.2秒。


 覚悟を決めた俺は、桶を掴み、目を閉じて桶に顔を突っ込む。


 いざっ、実食っ!!!!!!


 ボフっ! 小麦粉がう。


「おっと4組、頭から思いっきりいったーっ!」


 ちょうど口にマシュマロが入ったが、そんなことはもう関係ない。


 俺は桶に顔を突っ込んだまま、顔と桶を激しく揺らした。


「どうした4組っ!? ご乱心かっ!?」


 顔中に小さな粒がまとわりつくのがわかる。


「がっは! ごほごほっ! やべっ……げーほっげほっ!!!」


 小麦粉が変なところに入って、咳が止まらない。口の中の水分が急激に無くなる。


 咳き込みながら求める。だ、誰か…………水をくれ。


 視界も悪いままよろめいた瞬間、机に思いっきり足をひっかけてしまい、机ごと地面に倒れる。

 

 どっっすーーーーーん!!!!


 小麦粉を頭から浴びた。


「うわーっと4組転倒! 他の選手はその隙にどんどん抜いていくぅー! さぁ、立ち上がれ!」

 

 周りから笑い声が聞こえる。


 しかもマシュマロがマズすぎて吐きそう。うげぇー。


 嗚咽をこらえ、何とかゴール。


 結果はビリ。


 だが、周りから「いいぞー!」と野太い歓声が聞こえた。その中には、塩島の「よくがんばったー! サイコー!」という声も混じっていた。


 心地よい。やり切ったあとって、こんなにも清々しいんだな。


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