第22話 体育祭、開幕

 ぎら、と音を立てるように鋭い日差し。


 その日差しを力いっぱい反射するグラウンドの砂。


 雨という存在が無かったかのような雲の無さ。


 本日は絶好の体育祭日和である。すなわち、校長の演説日和でもある。


「なんだこの暑さは……。本当に9月か?」


 山下が死にそうな顔でぼやく。夜行性の山下にとってこの日差しはキツイだろう。


 もちろん、俺のような外部活に入っていなく、夏休みの大半を自室で過ごした俺にとっても、この日差しは厳しい。


 俺も山下もすでに汗をかいている。周囲の生徒だけでなく、教師も汗をかいていた。


 唯一、全校生徒の前でお言葉を述べている校長は涼しい顔していた。日差しを浴びて輝いている。顔とデコが。光合成でもしているから元気なのかな。


「家帰りたい。クーラー、アイス、キンキンの身体、ゲーム」


 溶けるんじゃないかってくらい、体をぐにゃりとさせて呪詛じゅそのようにブツブツと呟く山下。


「ブツブツ喋んなよ。やる気無くすだろ」


 小さい声で怒ったが、山下は「うー……」いうだけであった。


「ほら、あそこに渚波達を見てみろ」


 顎で場所を促す。


 そこにはいつもストレートに流している髪を、クラスのハチマキを使ってハーフアップにした渚波が背筋よく立っている。


 それに日差しを浴びて眩しいくらい反射する白く細い腕と脚。


 顔は体育祭用にメイクしている。ただでさえ可愛い人が化粧なんてしたら、もう最強。


 まさに体育祭を最大限楽しもうとする陽のパワーを感じる。もはや渚波こそが太陽。


 渚波の隣にいる宇佐美は実につまらなそうな顔で下を向いている。


 宇佐美も例に漏れず、体育祭用にファッションしている。髪を団子にして後頭部の上の部分に乗せている。横髪の先のうねりもそうだが、特にうなじが艶かしさを感じる。


 ついつい宇佐美を見ちゃうあたり、顔の可愛さは認めざるを得ない。


 他の女子達も各々体育祭用に気合いの入ったメイクやヘアレンジをしている。


 体育祭は好きじゃないが、普段と違う女子を見られる点だけは楽しみだ。


 中には袖を肩まで捲っている女子もいる。腕を動かすたびすべすべの脇が見える。健全な男子高校生には毒だ。


 10分にも及ぶ校長の話が終わり、ラジオ体操に移行する。


 生徒の約3割が満身創痍のなか、ラジオ体操を行った。ダラダラ体操する山下をなるべく視界に入れず、しっかり体操した。


 体操が終わり、ついに本格的に競技が始まる。


 クラスの士気は高く、学年優勝に向けて頑張っている。


 最初は学年種目の棒引き。


 種目が始まる前、渚波の親友である塩島しおじま沙良さららがクラス全員に呼びかけ、円陣を組む。


「2年4組の本気みせよ?」


 塩島が問いかけると、「うん」とか「そうだな」とか各々が気持ちを言葉にする。


 すぅーと息を吸う塩島。


「絶対優勝するぞー!」


 塩島のやる気が出る大声に、みんなが「おぉー!!!!」と叫ぶ。


 このクラス、女子が最高なんだよな。グループはあるし個人のカラーも強いけど全員仲良いし、互いのこと尊重できるし、どんな状況でもちゃんと盛り上がれる。


 そして何よりも、クラスの誰1人を置いていかない。俺よりも非社会的な山下から、険悪なムードを作る苅部まで。


「勝つぞ~」


 塩島が腕をまくる。機械体操部なだけあって、二の腕が引き締まっている。

 

 クラスのと円陣の掛け声が天まで届いたのか、学年種目の棒引きは1位を取った。


 結果発表された瞬間、グラウンドが揺れるほどクラスが歓声をあげる。


「この調子でどんどん行こう!」


 士気はさらに上がる。勝つ気は満々。


 クラス内の生徒に程度の差はあれ、みんなが勝利に向かって頑張っていた。


 その後は個人種目が続いた。

 

 男子100m走は、苅部が1位、もう1人は3位。女子100m走は、渚波が1位、もう1人は2位。持久走は男子は3位、女子は2位。


 現在の学年順位は2位となっている。1位との差は10ポイント。まだまだ十分優勝を狙える範囲である。


 初めは心の底から我がクラスを応援していたが、今ではちょっと頑張りすぎじゃないかなと思っている。


 なぜなら、午前最後の種目である障害物競争で1位を取れば1位通過で午後に入れるからである。


「なんでこれを午前中最後の競技に持ってくるんだよ……」


 応援席、体育祭委員の仕事を一生懸命こなす渚波を見ながら、隣りの山下に愚痴る。渚波は頬に流れる汗を拭いつつ、脇目もふらず整列指導している。委員会の仕事を真面目にやるって、あんなにかっこいいことなんだな。


「そりゃあ、一番盛り上がるからだろう。障害物競争で笑って『あ~面白かったよなぁ』とか言いつつ飯を食べさせたいんだろう」


「そんなもんか?」


 と言いつつ、去年も山下と障害物競争を見ていてゲラゲラ笑った記憶がある。興奮冷めやらぬうちに昼食にいったので、障害物競争の話をしながら飯を食っていたな。


「障害物競争の人は、グラウンド食堂側の入口に集まってくださーい!」


 まだ中学生の雰囲気が抜けきっていない1年生が、応援席に呼びかける。


「藤木の出番だぜ」


「ついに来ちまったか」


 心の準備が出来ていないまま、ポケットの中に入れていたスマホを椅子に取り付けた袋に入れようとしたその時、スマホがバイブする。


『障害物がんばりなよ。ちょっとだけ応援してる』


 宇佐美からのLINEだった。周りを見ると、友達と話しながらスマホをいじっている宇佐美がいた。こっちを向く気配はない。


 直接言ってくれればいいのに。ま、何もないよりはマシだけど。


『ありがと。ちょっとだけ期待してろ』


『キモ。さっさと行きなよ』


 宇佐美がちらっと俺の方を見た。顔を真っ赤にさせて、顎で入口を指した。


 可愛げのないやつだな、マジで。


 だが、これで覚悟が決まった。


 スマホを自分の座席に巻き付けた袋に入れて、席を立つ。


「じゃあ、全力でバカやってくる」


「頑張れよ」


 山下のサムズアップに、サムズアップを返した。


 

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