第21話 捨て去った過去
夜10時ごろ。
小説の最新話を更新した俺は、スマホを置いたその手でゲームのコントローラーに手を伸ばした。
最近、ゲーム出来ていなかったなー。
詰んでたRPGでもやるか。
ブブッとスマホが振動する。
あれ、渚波からLINEがきた。
心拍数があがる。
俺はゲームを起動しつつ、LINEを見る。
『夜分遅くにごめんなさい!
今日の体育祭の種目決め、何か嫌なことされてない?』
苅部のことをいっているのだろうか。
嫌なことというか、変に突っかかってきたり、種目を多く入れられたりしたな。
気分はよくないが、恨むほどではない。
『大丈夫だよ』
『大丈夫ならよかった。
男子の空気が重かったから心配したけど』
『見てたの?』
『うん、見てた』
見てた?
それって俺のことを?
いや、馬鹿か俺は。
勘違いするな。渚波は苅部を見ていたんだ。
遊園地の時に苅部となんかあったから、奴を見ていた。
そうに違いない。
俺を見て得することはないし、そもそも気にならないだろう。
舞い上がるなこの馬鹿め。
冷静になれ。
俺は深く息を吸って吐いたあと、ゆっくりとメッセージを打ち込む。
★★★
『見てたの?』
藤木くんの発言に『うん、見てた』と送った後で、私は違和感に気付く。
……………ん? 待て、私。
見てたって、冷静に考えてみるとマズい。
体育祭委員という職務があったにも関わらず、気になる男子を見ていたってことでしょ?
それってやばい……っ!
仕事中に何やってるんだ。不真面目な人だなぁって思われちゃうよね。
マイナスポイントだよね。
うわぁぁぁぁぁまずいまずいっ!!!
しかも見てたって、藤木くんはどういう意味で捉えているんだろう。
深く捉えないでほしいなぁ。何も聞かずにスルーしてほしいなぁっ……!
ブブっと震えたスマホを、反射的にうつ伏せにして枕に押し当てる。
画面を見るのが恐い。『え、学活中に見てたのはさすがにひく』とか来たら、立ち直れない。
かといって、メッセージを見ないという選択肢はない。
ゆっくりとスマホを見る。
『見てたんだ』
ん~~~~~これは…………どう捉えればいいのだろうっ。
王子様のような、惚れた弱みに付け込む意地悪な言い方だろうか?
いや、藤木くんはそんな意地悪はしない。いつだって真っすぐなはず。
じゃあ、純粋な疑問?
それも困る。追及されたら絶対ボロが出る。ついポロっと変なこと言ってしまいそう。
ならば、と私はスマホに文字を打ち込む。
『そういえば、藤木くん。嫌いな食べ物ってある?』
『突然だね(笑)』
しまった。話題変えたい欲と知りたい欲が混ざって変なタイミングで聞いてしまった。
『梅干しとトマトが嫌いかな……。トマトは火が通っていたら食べられるんだけど』
深いことは訊かず、答えてくれた。
『そうなんだ!』
メモしておこ。
『そうえいば渚波は今年もリレー出るの?』
『あ、うん』
『そうなんだ』
『藤木くんも出るんだよね』
『そうだね。同じだ』
『同じ!
さっき、今年もっていってたけど、去年出たことあるの知ってるんだ』
『うん。渚波は有名だからね。後ろにいた2位にどんどん差をつけた時とか、胸躍ったよ』
胸が高鳴り、顔が熱くなる。
勝手に足がバタつく。
嬉しい。
違うクラスなのに走ったこと覚えていてくれたんだ。しっかり競技を見ていてくれたのも嬉しい。
拾った私のハンカチを丁寧に扱ってくれたのが嬉しくて、緊張が解けたんだよね。
『うん。有名だったからね』
『そうだったの?』
確かあの時はミスコン出場前だから、知名度なんて無いに等しいと思うけど。
『クラスの男子とか、みんな注目してたよ』
藤木くんは注目してくれたのかな?
気になるぅぅぅぅ!
訊きたいけど訊けない。
訊いてみて、『え、こいつ、何言ってんの?』って言われたら、明日学校いけない……。
『そうなんだ。ちょっと恥ずかしいかな(笑)』
スマホの右上にある時計を見る。22時半。
体育祭のリレーに向けて明日の朝からランニングを始めることにした。
私を推薦してくれたクラスの皆の期待を裏切らないよう、そして藤木くんに良い所を見せられるように。
だから名残惜しいけど、そろそろ寝よう。
最後に、願いと祈りを込めて贈った。
『じゃあ、今日はもう寝るね。
おやすみ。また明日。
リレー、一緒に1位取ろうね』
★★★
『おやすみ』
そう送った後、俺はスマホを机の上に置き、コントロールを持つ。
さっきまで動いてた指が動かない。ゲームの中の俺を動かす気になれない。
左を向く。
本棚の一角に置かれた過去の栄光を見る。捨てると決めた過去。二度と戻らないと、高校入学時に決めたが。
—――――リレー、一緒に1位取ろうね。
渚波の声が頭の中でこだましている。口で言われたわけでもないのに。
22時半か。
……………まだ走れる時間だな。
俺はゲームを置き、パジャマから学校指定のジャージに着替えて、部屋の外へ出た。
たまには過去を思い出して頑張るのも、いいことだろうさ。
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