第20話 トラップ
月曜日、1時間目。
黒板に大きく書かれた字を見て、俺は絶望した。
ついにこの行事が来てしまった。
体育祭。
運動があんまり得意ではない俺にとっては地獄だ。
うちの高校は熱中症防止と梅雨の時期を避けるために数年前から9月に体育祭を行うことになっていた。
危険性があるならやらなくてもいいのに。
そして本日は体育祭の個人種目決め。
地獄の始まりである。
体育祭委員主導で決めるため、個人種目に出るメンバーは委員の性格の良し悪しで全て決まる。
良い人がやればみんな納得する、悪い人がやれば禍根を残す決め方をする。
さて、うちの体育祭委員はどちらかな?
体育祭委員主導のもと、男女に分かれた。男子は教室右後ろの入り口近く、女子は教室左前の黒板近くに集まる。
その体育祭委員だが、女子は渚波澪。男子は苅部拓人。
まさにドリームタッグ―――だったはずだが、現在は違う。
苅部とは遊園地の日以降、どこか気まずい。
今のところ直接嫌なことはされていない。
このままただのクラスメイトでいられればいいんだけど。ちょっと不安だな。
「じゃあ男子、さっさと決めて自由時間にしようぜ〜」
「みんな、決めよう!」
男子は苅部主導、女子は渚波主導のもと、個人種目を決めていく。
渚波達は
一方、苅部は高圧的かつ独裁的に決めていた。
男子個人種目と人数は100m走2人、持久走2人、障害物競争1人、男子対抗リレー4人の計4つ。
100m走、持久走は難なく決まった。単純にタイムが早い人になった。
残るは障害物競争と男子対抗リレーの2つ。
この障害物競争で、順調だった個人種目決めも滞ってしまう。
障害物競争はうちの学校名物で、体育祭のギャグ枠として大切なものであるのだが、いかんせんいじられキャラがいないと成立しない。
というのも、障害物競争の内訳は……
通る過程で身体の前面が砂だらけになる網くぐり、
天候によって難易度が激しく変動するおたまでピンポン玉、
見ていて
思いっきり回ってから地面に倒れるまでがセットのぐるぐるバット、
最後に顔面が真っ白になるマシュマロ食いの計5種目。
「誰かやりたい奴はいないのかよー」
苅部がやや苛つきながら言うが、誰も何も言わない。
こんな競技は10割お笑い担当が行うのだが、うちのクラスは俺含めかっこよく目立ちたい男子しかいない。
タイプでいえば『馬鹿やってる友達を盛大に笑っている俺かっこいい』勢しかいないのだ。
だから誰も出てこないのだ。
「はやく出ろよ~。時間もったいないんだけど〜」
すでに100m走に出る予定の苅部が俺たち何も出ていない組を非難するように見る。
個人競技は原則1つのみ。2つ入ることは可能ではあるものの、好ましくないというのが担任の話。
よって苅部グループは個人種目に入っていない―――悪く言えば行事に非協力的—――生徒に物を言える。
みんなには悪いけど、俺は障害物競争に出たくない。あんな笑われるだけの競技になんて、絶対に出たくない。
俺と考えていることが同じなのか、誰も手を挙げない。
「決まりそうにないなぁ……」
苅部の言う通り、沈黙が続くばかりで決まりそうにない。
「しょうがない。ここはあみだくじで決めよう」
「はぁ? ふざけんな」
抗議したのは山下だった。
「ジャンケンにしろよ」
「俺もジャンケンの方がいい」
俺は右手で拳を握りながら、山下の意見に賛成した。余りもの男子でジャンケンをすれば不正もないだろう。
「いや、もうくじ引きを用意してある。どうせ揉めると思ったし。体育祭委員の権限だ」
苅部が5分の1の所で折られたルーズリーフを出してきた。
あみだくじだ。
「せっかく用意したんだからさぁ。これでやろうぜ。みんなもくじ引きでいいよなぁ?」
苅部が俺ら2人以外に問いかける。周りの男子は察してか、うんと頷いた。
「お前ら……」
「いいよ、山下。くじ引きにしよう」
今にもキレそうな山下を抑えた。
ここで揉めてもしょうがない。
「決まりだな。じゃあ、場所を指差して。俺がそこに名前書くから。ズルを無くすために、誰もあみだに触るなよ。触った瞬間、そいつが障害物担当になるからな」
苅部にハメられている気もするが、俺は素直に従ってあみだのスタート位置を選んだ。山下も不満そうにしつつ、苅部に従った。山下のあとにみんな続いた。
「―――――よし、全員書き終わったな。じゃあ、結果発表すんぞ」
「え、誰になった?」
隠していた部分を開けようとした瞬間、苅部グループの男子3人があみだくじに群がる。
「お、当たりを引いたのは、藤木だ」
苅部がくじ引きを掲げた。確かに俺が当たりを引いていた。罠だなこれは。
「おい、ハメただろ」
結果を見た山下が、苅部達を強く睨みつける。
「証拠は?」
「くじを作ったお前がハメたからに違いない。藤木、こんなの引き受ける必要はないぞ」
周りを見てみると、本気で安堵した人間がいた。
俺のために怒ってくれる山下に「いいよ」と声をかけた。
「くじで決まったからな。やるよ」
「いいのかよ……」
山下がやるせない目で俺を見てきた。
十中八九、苅部のイカサマだが、この際どうでもいい。
障害物競争をやりたくないみんなのために、俺がクラスのために笑いものになってやる。
「かっこいいねぇ~」
苅部が嫌な笑みを俺に見せてきた。
「じゃあ、ついでにリレーの選手も頼むわ」
「リレー?」
「お前、足早いって聞くからさ」
「苅部、お前いい加減に……!」
近づく山下に、苅部は今年の4月に体育の授業で行われた体力測定の紙を見せた。
苅部ではない―――おそらく担任の字で書かれたその紙の100m走の順位は、俺が4位だった。
「順当にいけば、藤木が入るのは理にかなっているだろ?」
「だったら障害物に藤木を入れる必要は無かったろ」
「そうだな。じゃあ、藤木の代わりにお前が障害物走れば?」
山下は口を閉じた。
そしてつかつかと自分の席へ戻ってスマホゲームの世界へと潜っていった。
山下ぇ……。俺との友情はそんなものなのか……。
「あ、他に個人種目出たい奴いる?」
出ていない男子は、みんな目を伏せた。
「じゃあ、決まりだな。補欠はこっちで適当に決めておくから」
苅部は体育祭個人種目のメンバー表に、俺の名前を2つ書いて担任に提出した。
帰ってきたあと、苅部が俺の目を見て言う。
「アンカー頼むわ。言っとくけど、足引っ張ったら殺すから」
こいつマジで嫌な奴だな。こういう時は『一緒に頑張ろうぜ』だろ。
苅部のこと、嫌いになろう。
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