第19話 終わり悪ければすべて悪し……?

「お、もうすぐ3時半になるぞ」


「え、本当?」


 俺の発言に宇佐美が驚いた。俺自身、宇佐美とこんなに楽しくいられるとは思わなかった。


 宇佐美も絶叫系が好きらしく、2人行動の全てをジェットコースターに費やした。


 人気のアトラクションなだけあって待ち時間も長かったが、スマホで大富豪やらUNOやらリバーシやらホッケーやらで時間を潰していた。


 宇佐美が負けるたび「もう1回!」とムキになり、勝つたび「ざっこ。次負けたらジュース奢りね」と憎たらしい顔で煽るため、こっちも気兼ねなく本気を出せた。


 結果、全てのゲームで8割勝利した。


 宇佐美めっちゃ弱い。戦略が無く、顔にも出やすいのでわかりやすい。


「今週いっぱいジュース、あざぁーっす!」


「ねぇねぇ、無理だよ死ぬ」


「お前が言ったんだろ」


「お願い。許して。今月ピンチなの」


 甘えた声と上目遣いで言ってきたが、心に響かなかった。


「じゃあ、ウチのLINEをあげるから。ね?」


「ジュース1本の価値もねぇよ」


「は? あるから。なんならジュース1ヵ月でも釣り合わないよ」


 どうしてそんなに自己評価が高いんだ。


「さ、スマホ出して」


 とまぁこんな感じでLINEも交換した。


「LINEの名前、ムッツリスケベでいい?」


「やってみろ。俺の初カノジョって登録してやるからな」


「キモっ。マジ無理やめて」


 結局、待ち時間を苦痛に感じたことは一度もなかった。

 

 とても楽しかった。


 宇佐美と仲良くなれただけでも、ダブルデートとやらに来てよかった。


 待ち合わせ場所が見えてきた。すでに2人は待っている。


 ……あれ? なんかちょっと雰囲気が悪いような……?


 遠目から見ても、会話していない。それどころか不自然な距離をとっている。


 2グループにわかれた時はそれこそカップル一歩手前のような気がしたんだけど。


「なんかあったのかな?」


 宇佐美に訊くと、「さぁ?」と首を振った。別にどうでもいい、と顔に書いてあった。こいつは本当に他人に興味が無いんだな。

 

 とにかく野暮なことは訊かずに、努めて普通に声をかけた。


「お待たせ。早かったね」


「あ、うん」


 渚波はちょっと硬い笑顔を見せた。一方、苅部は俺のことを睨んでいた。


 うーん、空気悪い。


 喧嘩でもしたのだろうか。いやでも、渚波が怒る姿が想像できない。


 となると、苅部か。体調でも崩したのかな。乗り物酔いか?


 もしかしたらコーヒーカップとか回し過ぎたのかもしれない。なんか気分悪そうに見えるし。


「おい、大丈夫か。なんか、顔色悪いけど……?」


「何でもねぇよ……」


 苅部は苛立っていた。


「カンジ悪っ」


 宇佐美が不機嫌そうに言う。喧嘩を誘発するような行為はやめてくれ。


 絶対何でもないわけない。が、どうせ訊いたところで力になれるわけがない。だったら、信用しよう。


「このあとどうするか?」


 帰るのはちょっと早いが、新しいことをするにはちょっと遅い時間帯。何乗ってもいいけど、これ乗ったら帰る雰囲気だろう。


 ここは誘ってもらった恩を返す時だ。


「観覧車でも乗ってみる? 実は俺、乗ったことないんだよね」


「え、観覧車も乗ったことないの~?」


 宇佐美が挑発してくる。


 いらんて、そんな挑発。


 ここは便乗してウンウンと頷いてくれればいいんだよ。


「ないよ。今まで乗る相手がいなかったんだから」


 渚波の目が光った気がした。


「乗らねぇよ」


 苅部がピシャリと言った。空気はもう最悪。


 俺のことを睨んできた。


 うわ、ちょっと怖っ。


 心臓が少しだけドキドキする。


「じゃあ……どうすんだよ?」


「帰ろうぜ」


「この時間で?」


 空はまだ青に橙が混ざり始めたばっか。それにこの遊園地は夜のイルミネーションが綺麗とクチコミに書いてあった。俺は見るつもりでいたんだけど……。


「なんだよ、問題あるのかよ?」


「いや、ちょっと早くね?」


「うるせぇ。こんなところにいても金と時間の無駄だ」


 苅部のやつ、マジでどーした?


 宇佐美もなんか悟ったのか、「まぁいいんじゃん?」と興醒めしていた。


 苅部は1人で出口の方へ向かった。その背中からは追いかけてくるなというオーラがあった。


 誰しも1人になりたいときはある。ここはそっとしておこう。


 待ち合わせ場所に3人取り残される。


「いいのか、宇佐美」


「いいよ、あれで。拓斗、あーゆーふうになるとマジでダルいから」


「そうか……」


 きっと渚波と何かあったのだろう。もしかしたら苅部が告白して、玉砕したのかもしれない。


 どんよりとした空気が流れる。もう、遊園地を楽しむという雰囲気ではなかった。


「どうする?」


「解散でいいんじゃん?」


 宇佐美がため息交じりに言う。今から帰ったらちょうど夕飯前だろう。


「少し早いけどそうするか……」


 渚波もこくりと頷いた。


 この重苦しい空気を背負ったまま、帰ることになった。


 終わり良ければ全てよし、とはよく言ったものだな。終わりが悪かったら、全て悪くなった気がする。


 俺達3人は、この重苦しい空気のまま帰っていた。


 ♦︎♦︎♦︎


 帰りの車内、苅部は苛立っていた。


(あんな男のどこがいいのか)


 いじるスマホをタップする力が強まる。苛々しすぎて壊してしまいそうだ。


(こうなったら、アイツを地獄に落としてやる)


 苅部の暗黒色の目が、今日の午前にウォータースライダーの前で撮った4人の写真のうち、2人を睨む。


(澪か藤木か。どちらか落とさなければ、俺が報われない)

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