第27話 あらかじめ仕組まれた事故

 ★★★


 陸上部でもないくせに、やたら綺麗なフォームで走る澪が、今回だけは不格好な駆け足で綱引きの指定位置に移動している。


 その走り方を見て、苅部はほくそ笑んだ。


(ここまで上手くいくとは……)


 移動が終わり、教師の合図があるまでしゃがんで待機する。


 しゃがむ時の動きも、澪の動きが止まった。足首が動くたびに痛いのだろう。


 完全に足を怪我している。


(せーぜー嫌がらせ出来ればいいなって思ったが、ここまで怪我するなんてな。嬉しい誤算だ)


 綱引きでの事故を思いついたのは、昼休みの間だった。


 なんとかして澪に嫌がらせ出来ないか考えた時、怪我をさせることを思いついた。


 高校1年生から今日まで澪と関わってきて、彼女は人一倍責任感が強い人間だということがわかった。何をするにしても、やる以上は必ず最後まで全力でやる。負けるとわかっていても、絶対に途中で投げ出さない。投げ出すことを嫌う。


 だから、体育祭委員の仕事も誰よりも動いて頑張っていた。


 暑苦しい。


 おそらくリレーの選手に選ばれてからは、毎日練習していたのであろう。

 

 こんなどうでもいい、クソつまんねぇ綱引きでさえ、彼女は本気でやるのだ。


 そこに、怪我させるポイントがある。


 澪はどこかのタイミングで必ず足を思い切り踏ん張る。彼女が踏ん張る時に足を滑り込ませて踏ませる。


 こうすることで澪は苅部の足を踏み、彼女の足にダメージを与えられると苅部は考えて実行した。


 それが想像以上に上手くいったのだ。


 澪が後ろを向いたところで、苅部は思考を止めて真剣な顔を繕った。


「さっきは踏んづけちゃってごめんね」


「いやいや、大丈夫だよ。ちょっと痛いくらいだからね」


「本当にごめん」


「澪の方は大丈夫? 怪我無い?」


「う……うん。大丈夫」


 澪は辛さを隠すように笑った。


「なら安心した。綱引き勝とうぜ」


「……うん、そうだね!」


「位置について!」


 教師の合図が聞こえると、澪はすぐに前に向いた。


(澪は俺の悪意に気付いちゃいない。もらったな。本当ならもう少しイタズラするつもりだったが、澪の動き次第でやるのをやめよう。さすがに2回連続踏んで、そのことを沙良とか凛子に伝えたら、2人に怪しまれるからな)


「よーい……」


(ここは念のため様子見し、あまり痛がってなかったら嫌がらせしよう)


 2回目の合図が鳴り、綱引きが始まる。


 澪の動きは1回目とは異なり、全然力が入っていなかった。どうやら本当に痛いらしい。苅部は普通に綱引きを楽しんだ。


(これじゃあ、リレーは無理そうだな。もし出たとしても、パフォーマンスは落ちるだろう。澪の体育祭はここで終わりだな。無様に抜かされる姿が早く見たい)


 4組の敗退が決まった時、クラスのみんなは悔しがっていたが、苅部だけは笑っていた。


★★★

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