第17話 学校1位は、振り回されない。

(ここまでは予想通り)


 店から出て歩き出す苅部拓斗は、心の中でほくそ笑んだ。


 3日前から練っていた計画が、ことごとく自分の想い通りに運んでいるからである。


 朝、待ち合わせの際に藤木良介が待ち合わせを放棄するという最低の演出をさせた。


 遊園地内では藤木と澪をなるべく会話させない方にさせた。


 じゃんけんで2人に分かれる時に、2分の1のチャンスを掴み、澪を引き当てた。


 そして現在、


「マジで? それマジでウケるね!」


 苅部と澪が笑いあう。2人になっても気まずくならず、お互いに笑いあえている。


 全てが順調。


 この順調さも、宇佐美七緒の裏切りがないからである。


 今日のデートは七緒の全面協力の上に成り立っている。


 遊園地のチケット代や電車賃含む全てのデート代と来週1週間昼飯奢ることを引き換えに、自分に全面協力をお願いした。


 本当はデート代だけの予定だったが、口止め料として1週間の昼飯代を要求してきた。

 

 あの要求をされたときから、苅部は七緒を友達ではなくビジネスパートナーのカテゴリーに入れた。


(今月のバイト代の3分の1が吹き飛んだが、まぁいいだろう)


 ここまでお金をかけた以上、失敗は出来ない。


 今日ここで、親密になっておく必要がある。


「澪は何に乗りたい?」


「う~ん、どうしようかなー」


 遊園地に入場する時に貰ったパンフレットを見る。


 次の作戦は―――


「何もなければさ、次、お化け屋敷いかない?」


「……お化け屋敷?」


「実は俺、ホラー系好きなんだよね」


 お化け屋敷に入り、合法的に澪の身体に触る作戦だ。


 凛子からの情報により、澪はホラーが苦手だということを仕入れている。


 なんでも、凄く叫んでしまうとか。


 お化け屋敷で澪を守ったり、手を引いたりすればいやらしさなく触ることが出来る。


 吊り橋効果も期待できるかもしれない。


 澪はガードが固い。


 デートはもちろん、ボディータッチ1つ簡単にさせてくれない。


 現に、軽いノリで澪に触ろうとしても、持ち前の運動能力と勘の良さで避けられる。そのため、澪に触れたことのある男子を聞いたことが無かった。それでも下手に触ろうとすると、学校内で死ぬ。澪の非公式ファンクラブの連中にボコボコにされる。


 凄まじいほどのガードの固さに、苅部は手を焼いていた。


 おまけに何度かデートを誘っても、友人と遊びに行くやら家族と出かけるやらではぐらかされていた。


 そんな時のこのチャンスを生かさない手はない。


「お化け屋敷かー……」


 澪は苦笑いした。


「私、ホラー系苦手なんだよね」


「大丈夫、大丈夫。ほら、子ども入っているから。それにさ、いざとなったら俺がこう、お化けの前に現れて盾になってやるから」


 苅部はスーパーマンを連想させるようなジェスチャーをしたが、澪には通用しなかった。


「うーん、他のにしよ。私、本当にダメなんだ」


「もしかして、ビビってるの?」


「うん、けっこービビってる」


 苅部は胸中で舌打ちした。ノリの悪い奴。


 しかしここで押しても悪いイメージしかつかない。


 ここは一旦違う話で盛り上がって、お化け屋敷で失った話を取り戻そう。


「しょうがないなぁ。澪に免じて今回は見送ってやろう」


「ありがと」


「じゃあ澪が好きそうなメリーゴーランドに乗ろうか」


「よくわかったね、メリーゴーランドが好きだって」


「なんかね、ちらっと凛子から聞いた」


「え、凛子とそんなこと話したことないと思う……」


「あれ? じゃあ誰から聞いたんだろう」


 2人、顔を見合わせて笑った。これでお化け屋敷のくだりは取り返せただろう。


 そのままの流れでメリーゴーランドに乗る。苅部と澪はそれぞれ別の馬に乗り、メリーゴーランドを堪能した。


「次はどこに乗ろうか?」


「空中ブランコは?」


「いいね!」(また一人乗りかよ)


 心の中で毒を吐きつつも、笑顔は捨てなかった。ここは我慢の時である。


 見上げると首が痛くなるほど高い所まで行く空中ブランコを乗り終わったところで、時計の針が2時を通過する。


 これ以上の損失は認められない。


「なぁ澪。次はあれに乗らない?」


 苅部が指差したのは、空中ブランコからの奥にある大きな円だった。


「観覧車?」


「うん」


「観覧車かー……あれよりも、こっちの方が面白くない?」


 澪が指差したのはジェットコースターだった。


「うーん、絶叫系は疲れちゃったからさ。休憩がてら乗ろうよ」


「疲れちゃったの? なら、あそこのフードコートで休もうよ」


「あ、おい」


 澪はフードコートへ歩いて行った。


(こいつ……マジで何なんだよ)


 苛立ちが頂点にきたが、ぐっと、ぎゅっと堪えた。


(まだだ。耐えろ。女をモノに出来ない人間は、忍耐力がないのと押せば行けるという妄信で失敗してる。俺は違う。失敗したら一度態勢を立て直して、そこからまたチャンスを生み出す。長年培ってきた技だ)


 フードコートのデザート屋で澪はアイスを、苅部は飲みたくもないコーラを頼んだ。


 ここでも苅部は、バイトで失敗した面白い話をして渚波を笑わせた。


 喋りきった苅部は、乾いた喉を潤すためにコーラを多量に飲む。


(やべ、思わず飲み過ぎてゲップでそう)


 気合とプライドでゲップを抑え込んだ。


 区切りがついたところで、勝負に出る。


「遊園地、俺ハマりそうだな」


「どゆこと?」


「色んな遊園地回ってみたいってこと。テーマパークとかさ」


「あー」


「そうだ、今度は2人で行かないか? 遊園地」


「ごめん、行かない」


 澪は丁寧にお辞儀した。


「えっ?」

 

 苅部は言葉を失った。


(なんて言ったんだ、澪は……?)


 言われたことを理解するより先に、澪が席を立ってしまう。


「ちょっ、ちょっと待て」


 苅部は歩く澪を先回りして目の前に立つ。


「どーゆーこと? 俺じゃダメってこと?」


「ごめんだけど、うん」


 澪は真顔で言った。完全なる拒絶だった。こんなことは一度だってなかった。デート自体ダメだということは。


 苅部の顔が怒りで熱くなる。


 こんな屈辱的な断られ方をしたのは初めてだった。


(ちっ、ムカついてきた)


「藤木とならツーショット撮るのに、俺とは2人で遊ぶのも嫌だってか?」


 さっきまで明るかった苅部の声は、底冷えするような低く冷たい声へと変貌した。


 暗い顔つきはイケメン男子高校生というより、冷徹な王子を想起させる。染めた髪色がそう思わせるのだ。


 ドス黒い瞳が、黙って苅部の動きを警戒する澪を見下す。


「なぁ、あんな奴のどこが好きなの?」


「あんな奴? 誰のこと?」


 澪の声に怒りが乗る。その怒りを含んだ声が、苅部には油となって燃える心に届く。


「だから……藤木だよ」


 顔を思い浮かべるだけで、腹が立ってくる。ここにいる意味がないな。


「なぁ……マジであんな奴のどこがいいわけ?」


 澪がぎゅっと拳を握ったのを、苅部は気付かなかった。


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