第16話 あの時出会った人に、勇気を貰った

「「「「しょ!」」」」


 宇佐美と俺がパー、渚波と苅部がグーを出した。


 くっそー。


 やっぱそんな上手くいくわけないか。


 でもなー、渚波と回りたかったなー。


 俺は未練がましく、浮かない表情をしている渚波を見た。


「3時半にここの入口付近に集合で」


 実質2時間半、苅部は渚波と一緒に回るのか。


「じゃあ、また3時で。行くか、澪」


 渚波はこくりと頷いた。


 2人が店を出て行く間際、渚波が後ろを振り返った。


 俺と目が合うも、すぐに前を向いた。


 —―――なんでそんな悲しそうな目で見るのだろう。


 2人が完全にいなくなったところで、宇佐美に目を向ける。


 さて、俺らもどこかに行こう。


「悪かったね、澪とじゃなくて」


 発言に驚いて宇佐美を見ると、拗ねた表情をしていた。


「なに変なこと言ってんだ。女子と一緒なだけで十分だよ」


「………キモ」


 宇佐美の声音は、ちょっと嬉しそうだった。


「なに乗る?」


「……ジェットコースター」


 俺はパンフレットを見てジェットコースターの位置を確認した。ここからそんなに離れていない。


 俺も絶叫系が好きだ。


「じゃ行くか。あの2人より楽しんでやろうぜ」


 少しバツの悪そうな顔をして頷く宇佐美を連れて外へ出た。


 ジェットコースターを目指し、2人で黙々と歩くこと5分。


 宇佐美が慎重に訊いてきた。


「藤木さぁ、路上ライブとか見る?」


「そんなに見ないなぁ。知っている歌で、上手かったらちょっと立ち止まって聴くぐらいかな」


「ふーん」


「あっ! でも、ちょっと前なんだけどさ、色々悩んでいた時に俺と同い年くらい子がさ、路上ライブやってるのを見た。あれはすげぇ心に来た」


 ―――今でも思い出す。

 

 今年の3月。


 高校1年生の時。


 ライトノベルの新人賞2次審査落選の手紙を受け取った俺は、悔しくて惨めな気持ちに耐えられず、制服のまま、独り家を飛び出してファミレスに逃げた。


 初めはファミレスで次の作品を書くために、アイディアノート3冊とルーズリーフ、筆記用具を机の上にバラまいた。


 アイディアノートを開きつつ、シャーペンを持って、ペン先をルーズリーフに落とす。


 ………だめだ。手が1ミリも動かない。動いてくれない。

 

 浮かんでくるのは物語やキャラクターではなく、”2次審査落選”と選考委員のダメ出しだけ。


 中学生の頃から小説家を目指して今回で8回目の新人賞となるが、未だに2次審査を通過したことがなかった。


 かたやネットでは、俺と同い年で新人賞金賞を獲得した人が現れたとかいう。


 つーんと鼻がしびれ、目の前が滲んでくる。


 俺には才能がないのかな。


 毎回毎回、書き終わったあとには良い作品だと思えるのに、結果は落選。


 だとしたら、俺にはセンスがない。


 きっとそうだ。


 くたびれたアイディアノートが、テーブルの上にあるストローを包んでいた紙ゴミと同等の価値に見えてくる。


 こんなもの……っ!


 じわりと滲む目で睨み、利き手で力いっぱいノートを握り潰す。


 ノートに大きな折り目が付いた。


 ただそれだけ。


 敗北感も、劣等感も、悔しさも、ちっとも薄まらない。


 ……………やめよう。


 俺には無理だ。作家にはなれない。


 俺は筆記用具だけをしまい、アイディアノートとルーズリーフをファミレスに置きざりにして、ファミレスを後にした。


 あんな価値のないアイディアノートなど、ただの黒歴史ノートだ。家に置いてあっても邪魔なだけ。


 何となく家に帰りたくなかったので、駅前の広い公園をあてもなく歩く。


 ふと、遠くからギターのふんわりした音色と、心を撫でるような優しい声が聞こえてきた。


 この歌、どこかで聞いたことがある。


 引き寄せられるように、音の鳴るほうへ足を進める。


 たどり着いた先に見えたものは、カラスの羽の色のような夜空が広がる公園の街灯。


 その街灯の下に、紅色のパーカーと黒いキャップを被って、座ってギターを弾いている女性ひとがいた。


 観客は3人ほど。スーツを着た中年、俺より年上そうな若者、派手なドレス着たお姉さん。


 3人とも聴き入っている。


 街灯という貧相なスポットライトに照らされていたのに、とてもキラキラしていた。


 ギターと歌声、そして足掻く人へ向けた歌詞が冷え切った俺の芯に届く。


 諦めていた――――目を背けていた感情が熱を持ち始める。


 気付いたら、涙を流していた。


 演奏が終わると、その女性はギターを置き、ふぅーと息を吐いて観客のみんなに礼を言った。


 観客は皆、ギターケースにお金を入れて帰っていく。


 そんな中、俺は女性に近づいた。


 知らない女性に話しかけたことは、道を聞くことも含めて一度もない。


 だけど、感謝の気持ちを伝えずにはいられなかった。


「あのっ!」


「―――っ」


 女性は黒のキャップを深く被り直す。


「あの、俺、小説書いてるんすけど、新人賞何度も落ちて、自信無くして、やめようかなって……」


「………………」


 言葉が上手くまとまらない。それでも口が動く通りに言葉を吐き出していた。


「でも、アナタの歌を聞いて、すごい感動して。勇気出て。もう一度挑戦しようかなって思えたんす」


 女性は困ったように、ただただ黙って話を聞いてくれている。


 キャップの鍔で顔の上半分が見えない。


 目を見て話したかったが、彼女にも理由があるのだろう。


 俺はなるべく帽子を見ることにした。その奥に目があるから。


「すみません。急にこんなこと言われてもって感じっすよね。でも、どうしてもお礼伝えたかったんです」


「――――っ」


 女性の肩がピクリと動く。


「ありがとうございました」


 500円を小さなバケツの中に入れて、お辞儀した。


 そしてダッシュでファミレスへ向かう。


 自分が足掻き続けた証を取りに行くために。


 あの歌があったから。


 俺は今も、性懲りもなく、いつ叶うともわからない夢を追う覚悟も持ち続けていられる。


「あれで思わず――――」


 小説まで作っちまったんだよなぁ。


 俺の感動がいまいち伝わっていないのか、読者に刺さってないけど。いや、ミヲすけさんには刺さっているかな。刺さってて欲しい。


「思わず?」


 宇佐美の声が聞こえ、大切な思い出に浸っていた頭が現実に戻る。


「思わず……………涙しちゃってよ」


 あっぶねぇ。小説書いていること暴露してしまいそうだった。


「涙ねぇ……」


 宇佐美はいつも通りバカにした笑いを貼り付けた。でも、どこか嬉しそうだった。


「あの時、目をあわせてくれなかったというか、顔すら全然見えなかったんだけどさ」


「へー。じゃあ、もし今一番会いたい人っていったら、その路上ライブの人?」


「そうなるかなぁー」


 本当はミヲすけさんだけど。


「へー、ふーん、そーなんだー」


「なんだその馬鹿にした笑いは?」


「べっつにー」


 嬉しそうに笑いやがって。


「それよりもさぁ、悩んでいたことって、なに? 気になるんだけど」


「それは言えないなあ」


「えー、言えよ~」


 宇佐美が肩を小突いてくる。


「やだよ。だって、お前バカにすんじゃん」


「バカにしないよ! ……………内容によっては」


「バカにすんじゃねぇかよ。あ、こら! 脇腹つついてくるなよ! くすぐり弱いんだから!」


 くすぐり攻防戦が終わったところで、宇佐美が慎重に訊いてくる。


「ねぇ、路上ライブする人のこと、どう思う?」


「どう思うって、そりゃあ、勇気あるなって思うよ。クラスの奴らでカラオケ歌うのだって勇気がいる俺には絶対に出来ないからな」


「キモい奴とか思わないの?」


「思うわけ無いだろ。ミュージシャン目指して頑張ってんのにさ」


「じゃあさ、YouTubeとかで弾いてみた上げてる人とか、どう思う?」


「頑張ってるなって思うよ」


 なんなら羨ましい。俺だってあれくらい楽器を弾けたら、動画あげてるかもしれない。


「ほんと!? キモいイメージとか持ってない!?」


「持ってないよ。つか、持つわけないだろ」


 俺だってカクヨムにあげてるんだし、似たようなもんだ。


「そうかそうか~」


 ふふふ~とにんまりしながら頷く宇佐美。


「嬉しそうだな? もしかして路上ライブとかやってたり?」


「い、いやいや、そんなわけないじゃん!」


 急に耳を真っ赤にして、声を大きくしてきた。


「路上ライブなんて、柄じゃないし」


 俺から目を逸らして言い捨てた。


 クロです。完全にやってます。路上ライブも、弾いてみた動画も。


「でも軽音楽部じゃないか」


「それは、楽器弾くのが好きだから。それだけっ! 路上ライブとか、『弾いてみた』とかやってないから!」


「そうかなぁ~? 怪しいぞ~?」


 目の前には竜のように大きくうねるジェットコースターがあった。


 今度は俺が攻める番だ。


 幸い、ジェットコースターの待ち時間は60分。


 攻める時間は十分にある。

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