第13話 怪しい誘い

「噓つきは泥棒の始まりだぜ」


 山下はそう吐き捨て、ラーメンをズルズルズルッとすする。


「本当なんだって!」


「もういいから、そういうの」


 山下は呆れながら「コショウが足りねぇな」とか言って、胡椒缶を豪快に振る。


「マジだから!」


「わかったわかった。後にしてくんない。ラーメン伸びるから」


「じゃあ、証拠の写真は?」


「あるんだなぁ、これが」


 俺はスマホのお気に入りフォルダをタップし、ツーショットを見せる。


「げっ! マジかよ!」


 のけぞって驚いた山下は箸をどんぶりに置き、俺の手にあるスマホをひったくり、ズームしまくる。


「コラ画像じゃねぇ……」


「んなわけねぇだろ」


 そんなことして自慢してたら、虚しすぎるだろ。


「渚波さんめっちゃ可愛いなぁ」


「だろ~」


「お前ぶっっさ~」


「うっせぇよ」


「なんて顔してんだよ。よくこんなんでツーショット写れたな」


「俺の顔の話はいいんだよ。それよりもマジだったろ?」


「ああ」


 信じられないとばかりに頷いた山下は、まだスマホを見ている。


「マジでレアだな。前世でどれだけ徳を積んだら、渚波さんと無料でツーショット撮れんだよ」


「な。俺も知りたいわ。こんな偶然マジでないからさ」


「羨ましすぎんぜ」


 山下がスマホを返そうと俺に手を伸ばす。受け取ろうと俺が手を伸ばした瞬間、横からぬっと手が伸びてスマホが奪われた。


「面白そうな写真だね。俺にも見せろよ」


 伸びた手を追った先にいたのは、長身の男だった。


「「苅部」」


 苅部拓斗。同じクラスのイケメンだ。俺とは永遠に交わらないタイプ。


「へぇー、澪と撮ったんだ」


「返せよ」


 俺が座ったまま手を伸ばすと、苅部は俺からスマホを遠ざけた。


「性格悪いぜ」


 山下がそう言ったのを合図に、俺と山下が同時に立ち上がると、苅部はスマホを俺に向かって放り投げてきた。


「おっと」


 両手に一度バウンドしたが、なんとか落とさずにキャッチ出来た。


「危ねぇな。落として傷付いたらどうするんだよ」


 俺の台詞に対し、苅部は薄笑いを浮かべた。


「その程度でキャッチ出来ない方がおかしいだろ」


「は?」


「それよりもさ、お前に話があるんだよね」


 俺よりも頭一個分高い苅部が、俺を見下ろす。


「俺?」


「ああ、今週の土曜、空いてる?」


「土曜? 空いてるけど」


 ぶっちゃけ、何もやってないから毎日空いてるんだけどな。


「俺と一緒に遊ぼうぜ」


 ヘラヘラした笑みを俺に見せつける。


「山下と一緒ならいいよ」


「それは駄目だ。人数オーバーだ」


「なら行かない」


 苅部とは関わっていないから特段仲良くない。だが、人の物を勝手に取って投げて返す人間と仲を深めるつもりはない。


 即座に断言した俺に、苅部が即言う。


「澪も来るけどな」


「行く」


 渚波が来るなら別だ。


 最近、少しだけだけど仲良くなれたんだ。


 関われるチャンスがあるなら、たくさん関わりたい。


「「……………………………」」


 山下と苅部が黙る。


「お、おう」


 苅部が戸惑い気味に言い、


「じゃあそんな感じでな。忘れんなよ」


 もう話すことはないよ、と言わんばかりに去っていった。


 あっちも俺と仲良くするつもりはないようだ。


「多分、罠だと思うぞ」


 山下が心配そうに声をかけてくる。


「罠?」


 俺は首を傾げた。


「なんの罠だよ」


「そりゃあ、お前をおとしめるための、だろ」


「考えすぎだろ」


 俺は席に座り、白米を一口食べた。ここの学食、おかずはマズいけど白米だけは美味いんだよな。


「そもそも、俺ってそんなに地位のある人間だったか?」


 そもそもクラスの皆と話したことないし、クラスでも発言することないし、なんなら俺の名前を言えないクラスメイトもいるんじゃないか。俺はクラスメイト全員フルネームで言えるけど。


「……………いや、確かに」


 山下も納得し、椅子に腰を下ろした。


 しばし、無言で昼食を取るなか、ポツリと山下が言う。


「なぁ、今から苅部に土下座すれば、俺も入れさせてもらえるかな?」


 ♦♦♦


 苅部と約束した日の前日、苅部から『午前10時、京王よりみちランド駅集合な』というのを電話で伝えてきた。


 高校から2時間半以上離れている場所なのに現地集合か。まぁいいけど。


 来るメンバーを訊いたところ、『俺と渚波含めて4人だ。あと1人は来てからのお楽しみだ』と先伸ばしてきやがった。


『そーゆーのいらないから教え―――』と言ったところで、電話を切られた。


 このまま催促しても教えてこないだろうと思った俺は、聞き出すのを諦めてスマホを机の上に置く。


 ブブッ! スマホが揺れる。


 苅部からか?


 確認すると、まさかの渚波からLINEがきた。


 眠りに向かって静まっていた心が騒ぐ。いったいどんなLINEだ……?


『明日、楽しみだね!』


『ああ、俺も楽しみ』


 遊園地なんて中学校の卒業遠足以来だ。遠足でやったことだが、あまり覚えていない。


『楽しみ過ぎて眠れないよー』


『俺も。よりみちランドって行ったことないからさ』


『そうなんだ。実は私も初めてなんだ。明日は初めて同士、一緒に楽しもうね!』


『うん!』


『じゃあ、おやすみ! また明日!』


『おやすみ! また明日!』


 LINEを閉じた後、アラームを設定してベッドに潜った。


 明日着る服、持って行くバッグ、財布の中身はすでに確認済み。


 朝起きて、飯食って、身だしなみ整えればいけるだけだ。


 準備万端。


 目を閉じると、渚波とのやり取りが脳裏に浮かんだ。


 明日、楽しみだな。

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