第12話 9月に食べるアイスは、ちょっぴり冷たい

 綺麗なバラと灰色と赤土色の敷レンガ、西洋式の建物が見事にマッチしたヴェルニー公園。

 

 ヴェルニー公園から見える夕焼け色に染まった水面みなもは、静かに揺れている。


 きらきらと優しく光る水面は、見ているだけで心を安らかにさせる。


 俺と渚波、アイスを手に持って、2人横並びでベンチに座る。


「無理してあのホラゲーやらなくてもよかったのに」


 先程渚波が絶叫したホラゲーは、ステージ2開始早々でゾンビから引っかかれてゲームオーバーした。


 あまりの恐怖に呆然とする渚波は、言われるがまま筐体から降りてとぼとぼとゲーセンを出て行った。


 悲壮感漂う渚波の背中は、もはやミスコン1位のオーラはなかった。


 でもそんな渚波が身近に感じられて、俺はちょっとだけ嬉しかった。


「だって……」


「だって?」


「………別にー。なんでもないです……」


 口を尖らす渚波。写真撮りたいくらい、拗ねてる顔も可愛い。


「はぁー……完全に夢に出てくるよぉ……今日、トイレ行けないかも……」


 ぶつぶつと小声で何か言っていたが、つっこむことはせずアイスを一口食べる。


「お、うまい」


 口に含んだ瞬間、バニラビーンズの香りが口いっぱいに広がる。


 ひんやり甘い。コンビニでは味わえない味だ。


「ですよね!」


 さっきまで拗ねた顔は一転、ぱぁぁっと嬉しそうな顔になる。


「ここのアイスクリーム、すごい美味しいくて、凛子達ともよく行くんですよ」


「そうなんだ。……なんだかんだで、夏にアイスを食べることは一度もなかったな」


「ええ、夏の醍醐味なのに! 夏に食べるアイスは格別ですよ」


 部活もバイトもしていない俺は、こづかいだけでやりくりしている。


 それでいて欲しいゲームやマンガ、プラモデルはわんさか出てくる。それらを買うためには、食費をカットするしかない。だからお菓子やアイスは食べない。


「でも、9月ごろに食べるアイスクリームも悪くないな」


 ちょっとだけ寒いけど、それが心地よかった。


「そうですねぇ~」


 あむ、と渚波がストロベリー味を食べる。ほんのりストロベリーの甘い香りが流れてきた。一口食べてみたいが、そんな提案はキモすぎるよな。言わないのが吉だ。

 

「………あのっ」


 俺は渚波の方を向く。渚波は正面を向きながらやや俯いていた。


「きっ! きききき記念に、写真をっ、撮りませんか?」


「写真?」


 インスタとかにあげるのかな。


「ああ、撮ってあげるよ。スマホ貸して」


「そ、そうじゃなくて…………私と……」


 夕暮れ色の空に負けないくらい、頬を真っ赤にして頼んでくる。


「え?」


 それって―――


「俺と……?」


 こくり、と頷く渚波。


「…………………」


 渚波はそのまま黙ってうつむく。


 ドキドキと心臓が鳴る。


「えっと…………俺でよければ」


「うん」


 渚波がゆっくりと頷いた。


 さっきまで肌寒さを感じていたのに、急に熱くなってきた。


 体の熱を冷ますために、アイスを一口食べる。じわーと舌の上ですぐに溶けた。


「じゃあ、こうして」


 スマホを左手に持った渚波が、右手に持ったアイスを顔に近づける。俺もそれにならい、アイスを顔に近づけた。


「ももっ、もう少しだけ……寄りましょう……」


「わかった…………」


 じり。少しだけ寄る。駄目だ。体なんて触れあっていないのに、左側だけめちゃくちゃ熱い。


「も、もう少し……」


「お、おう」


 さらに寄る。


 渚波が俺の方に肩を傾けた。


 俺も肩を渚波の方へ傾けた。


 渚波の肩と触れ合うまであと5㎝。


 喉はカラカラ。アイスを握る手が震える。しかも手汗びっちょり。


 ドクンドクンと鼓動する心臓。うるさすぎる。渚波に聞こえていたりしないのだろうか。


「じゃあ……撮るよ………」


 —――カシャ!


 撮影音が聞こえ、互いに姿勢を戻す。ゆっくりと。


 渚波はすぐにスマホで撮れた写真を確認する。


「うんっ」


 にこやかに頷き、俺に写真を見せる。


「どうですか」


 ぎこちない顔。なんつー顔してるんだ俺は。恋愛弱者丸出しじゃねぇか。


 でも―――—―――


「いい写真」


 夕暮れ、茜色の空の下で、頬を茜色に染めた、ぎこちない笑顔の写真。


 飾ろうとして、飾りきれていない。


 そんな写真が、俺達らしくていい。


「ですよね……あとで送りますね!」


 スマホをしまって、アイスを美味しそうに食べる渚波。そんなに嬉しそうな顔をするから。


 —――彼女と、もっと、距離を縮めたい。


「あ、あのさっ!」


「はい?」


 渚波が自然な表情でこっちを向く。


「もし……そのよかったらさ、敬語、やめない?」


 渚波が目を見開く。


「ほら、俺達、同級生だろ? 」


 もっと近づきたい。


「そんなにかしこまることないと思うんだよね」


 仲良くなりたい。


「なんか敬語使われると、距離取られてるみたいでちょっと寂しいからさ」


 学校にいる友達と同じように、気兼ねなく話せる人でありたい。


「……どうかな?」


 渚波は少し考え、改めて俺の方を向いた。


「………うん。そうしようかな」


 俺、多分いまニヤけてる。


「うん、そっちの方が、しっくりくる」


「そう……かな? 私はちょっと恐れ多い気もするけど……」


 恐れ多いって……俺の事どんな存在だと思っているんだろうか。


「でも、私もこっちの方がしっくりくる……かも」


 渚波の笑顔は、キラキラ光る水面よりも綺麗だった。


 ♦♦♦


 その夜、渚波からメッセージが来る。


『とても楽しかった! また行こ!』


 ”また”だなんて、いいのだろうか。


 そう思っていると、ポンという音を立てて写真が送られてきた。


 うげぇ……。


 冷静になって見てみると、俺は


 彼女のことを散々ぎこちないと言ってきたが、俺が一番ぎこちないのかもしれない。


 ――――でも、やっぱり良い写真だ。


 保存した写真を、さっそくお気に入りにする。


 きっとこうやってツーショット撮る事なんて二度とない。


 一生の思い出になる。


 辛い時、挫けそうな時はこの写真を見て元気を貰おう。


 バックアップしておこう。ついでに、タブレットの方にも送っておこう。永久保存版だ。


 ★★★


 LINEを送ったあと、渚波が写真をずっと眺める。


 でも、今まで撮ってきたどんな写真よりも緊張して、どんな写真よりも眺めていられる。


 ミスコンでステージの上に立った時よりも緊張した。


「ふふっ」


 見てにやけて、足をバタバタさせる。


 やばい、多分私めっちゃたるんでる顔をしてる。


 だめだよ、こんな顔してちゃ。


 居ても立っても居られなくなって顔を枕にうずめる。


 尊敬する人と一緒に写真撮れてよかったぁ。


 もう満足だぁ。思い残すことはない。


「でも――――」


 あと一度だけ。


 一度だけでいいから、2人で一緒に会いたいな。


 スマホを覗き見てしまったことを謝りたい。


 そして『応援してます』って、ちゃんと伝えたい。


 嫌われるかもしれないけど……それだけできれば本当にもう、思い残すことはない。


 私は神様に祈るように胸中で呟いた。


 ★★★


 苅部拓斗が教室に入ると、クラスはこんな話題で持ちきりだった。


「みおみ~。この間、男の子と2人でアイス食べに行ったんだって?」


「え、なんで知ってるの?」


「そりゃあね、みーおんのことなら何でもお見通しだから」


「いやだなぁ」


「ねぇ、誰と行ったの?」


 千菜が澪の肩をぐらんぐらん揺らす。


「え~、ヒミツ~」


 澪の顔は、幸せそうにはにかんでいた。拓斗はその表情を見たことが無かった。


 拓斗は苛立つ。断りを入れずに俺の澪に近づくなんて、誰だ?


「ねぇ、その話、俺も聞きたいな」


 潰してやる。澪に近づく男は、先輩だろうと全員。


 アイツと付き合うのは、俺だ。

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