第11話 学校1位、強がる



「え、さっきホラーは苦手って……」


「いえ。姉に鍛えられた。大丈夫です。興味あります。出てきました」


「指先が震えるけど」


「武者震いです」


 現実でそんなこと言う人、初めて見た。


「俺はいいんだけど……本当に大丈夫?」


「ダイっ………ジョーブ……ですっ」


 めっちゃくちゃ苦い顔をしていた。


 あれ、俺が無理強いしたっけ?


「……じ、じゃあ、行こうか」


 重い足取りでホラーゲームの目の前まで戻った。


 筐体にたどり着いた瞬間、「ひっ……」と小さく悲鳴をあげながらわずかに後ろずさった渚波を俺は見逃さなかった。


 明らかに無理してる。


 ここは止めた方がいいだろう。


「ゲーム機の中って暗いし、怖いよ? やっぱ違うゲームにしたほうが」


「大丈夫です」


 開いた右手で俺の申し出を勇ましく断った。その1秒後、渚波の右手が震え出す。


「でも……あ……あの……先に入ってもらえますか?」


「お、おう……」


 筐体に入ると、暗い病棟を怖がりながら歩く主人公達のデモが流れていた。


 サウンドもゾンビの叫び声が腹に響いてくるほど迫力がある。


 おまけに3Dメガネは


 良い迫力だ。


 これはきっと怖いだろうなぁ。


 心躍らせる一方、渚波といえば


「こーゆーときはお姉ちゃんに教わった素数を数えるの。素数を。2……3……5……」


 クレジットを入れる前からすでにビビり散らかしている。


 もう、やめたほうがいいんじゃないかな。


「一応、このゲームの説明ね」


「7………11…………13………はい………15………あ、15は違う……17」


 なんかビビってる通り越してバグってないか?


「とにかく敵に向かって銃を撃てばいいから。頭を狙うとすぐに死ぬから、頭を狙うんだよ」


「……………」


 返事がない。


 渚波は銃をじっと見つめていた。


「渚波~」


「…………………」


「渚波? お~い!」


「はいっ! なんでしょう!?」


「なんでしょうって、大丈夫?」


「大丈夫です。やり方、わかります。渚波澪、いけます」


 ロボットアニメ第2話の、機体に乗るのが2回目みたいな主人公みたいな口調になってる。


「3Dメガネもあるけど、かけなくていいよね?」


「かかかかけましょうっ!」


「え、ゾンビとか飛び出てくるけど、大丈夫?」


「飛びでっ……」


 渚波の顔が引きる。しかし、その引き攣った顔を


「お姉ちゃんときたら、メガネかけますよね?」


「そりゃあ、平気ならかけるけど」


「ならかけます。どうせやるならとことんですよ!」


 渚波は3Dメガネをかけた。


 大丈夫かな、と思いつつ俺も3Dメガネをかける。


「じゃあ、コインいれるよ」


「ちょっとちょっと待ってください」


 渚波はコインの挿入口に手を当てて、俺の手をブロックした。


 そのあと、目をつぶって胸に手を当てて、すーはーすーはーと深呼吸する。


「どっ、どうぞ!」


「なぁ、今からでも遅くない。出るか?」


 首を横にゆっくりと振った。渚波の目に涙が溜まっていたことは言うまでもない。


「わかった。一応、これ俺がやりたい奴だから、ここは俺が全部払うな」


「そういうわけにはいきません。私も払いますっ」


「いや、払わせてくれ」


 じゃないと、俺の良心が痛む。


 俺は渚波がコインを入れるより早く、強引にコインを3枚入れた。


 ティロリンとコインが入ったことを知らせる軽い音が鳴ったと思ったら、すぐに怖い声でタイトルコールが読まれた。


「ひっ……」


 渚波が肩をびくっとさせた。銃を握る手がすでにプルプル震えている。


 ステージ1クリアすることができるだろうか。


 ムービーを見たかったが、怖がらせてもしょうがないのでボタンを飛ばしてスキップした。


 ついにゲームが始まる。


 ステージは不気味な監獄。ムービーを飛ばしたのでストーリーはよくわからないが、どうやらこのゲームの主人公は怪しげな監獄に連れてこられたらしい。


「うっ、上に心臓のマークが……」


「これは心拍数を表すものなんだって」


「へ、へぇー」


 俺の心拍数は76。比べて渚波は98と、すでに高い。まだゾンビすら出て来てないのに、大丈夫だろうか。


「とにかく、敵に向かってトリガー引いていればいいから」


 こくこくと頷く渚波。小動物みたいでめちゃくちゃ可愛い。


「恐かったら外でいいからね? その時は俺も一緒に出るから」


「こっ、恐く―――」


 ドンッ!!!


「ひゃぁっ…………ないよぉ~」


 いや、どう考えても怖がってるんだけど。なんで嘘つくの?


「………………すぅーはぁーすぅーはぁー…………うんっ! 大丈夫……ですっ!」


 渚波は銃を両手でぎゅっと握っている。彼女は確実に自分の恐怖心と戦っている。


 ……………これ、そーゆーゲームじゃないんだけどな。


 主人公


「あ、も


「あっ、ちょっと待って。もう一度深呼吸させてくださいっ!」


 いや、このゲーム勝手に進むやつだから。


「すぅーはぁーすぅ―――――」


 パリンッ!


”グガガァーーー!!”

 

 ゾンビ達が襲いかかってきた。


「きゃあっ!」


「――――っ!」


 渚波が銃から手を放し、俺に腕に抱きついてくる。


「渚波! 撃って!」


 やばい、腕に弾力のある何かが押し付けられているっ!


「ゾンビはトモダチ…ゾンビはトモダチ…ゾンビはトモダチ………」


 それは無理だと思う。


”グガガガァッー!!!”


 ゾンビが俺達にヨダレまみれの牙を押し当てようとする。


「きゃあっ!」


 左腕ごと俺の体に強く抱きついてきた。


「もうヤダ! おうちかえる!」


 ぎゅーと抱く力が強くなる。力が強いと思う一方で、左腕の一部分だけはむにむにしている。


「やばい、当たってるって! まずいってこれは! 両方の意味で!!」


 左腕に向いてしまっている意識を必死に戻し、襲い掛かってくるゾンビを弾を撃つ。


 ダメージは食らったものの、なんとかゾンビを殲滅せんめつした。


”STAGE1 CLEAR!!!”


「ふぅー」


 安堵のため息を吐いた。課金することなく、ステージ1をクリアすることが出来た。


「これでステージ1は終了だ。渚波、大丈夫だよ。もう目を開けて」


「ほんと?」


 そろーり目を開ける渚波。目がめちゃくちゃうるうるしている。


「も、もう……いない……?」


「ああ、今はね」


「はぁー」


 渚波は大きなため息をついて、俺の腕から離れて背もたれに寄りかかった。


 心の底から安堵している。


 画面にステージ1のリザルトが表示される。


「渚波の心拍数、高いな」


 108と高い数値だ。


「ふ、藤木くんの心拍数も……高いですぅ」


 渚波はつーんと口を尖らせた。


 そりゃあね。あなたの胸が当たっていましたからね。


 女性の体に触れたことがない俺にとって、刺激が強すぎるんですよ。


「でもこれで終わりですね。はぁー……」


「安心しているところ悪いけど、これまだステージ1だから。次はステージ2だよ」


「えっ……」


 筐体内がいきなり暗くなった途端、ゾンビの首が不意打ちで落ちてきた。


 渚波の絶叫が筐体中に響き割ったことは、言うまでもない。

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