第6話 ボタンを押すだけの勇気

「う~~~~~~~~~ん」


 ベッドの上に仰向けになって、私—――渚波澪は高く掲げたスマホを見つめて悩んでいた。


 どうしよう。


 今朝、念願の藤木くんのアドレスをゲットしたのだけれど、なんて送ればいいかわからない。


『こんばんわ!』と会話のように送ればいいのか。


 それとも『聞きたいことがあるんだけど』と用件あるように送ればいいのか。


 試しに色んな恋愛系サイトを見たが、いまいちピンと来ない。


 しかも、結局は『送る勇気です!』みたいに終わる。


 そんな簡単に勇気なんて出ないよ。


 少女漫画とか恋愛小説とか読むけど、あれは男の子が動くからなぁ~。


 こんなに悩むんだったら、本でも買っておけばよかったなぁ。


 はぁ~、どうしよう……。


「こんなときは――――」


 恋愛マスターの凛子に話を聞こう。


 凛子って彼氏いたことたくさんあるし、男子とよく遊びに行っているし、他校に彼氏がいるし。


 うん、それがいい。


 通話ボタンを押して待っていると、1コール目で出た。


「どうしたの、みーおん」


「あ、凛子? 今なにしてたの?」


「普通にスマホいじってた」


「そうなんだ」


 私は黙ってしまった。


 相談するために連絡したんだけれど、よくよく考えたら凛子になんて話せばいいんだろう。


 電話をかけたにも関わらず、黙ってしまう。


「で、どうしたの?」


 痺れを切らしたのか、凛子が訊いてくる。


 話しづらいけど、電話までしておいて話さないのはよくない。


 ドクンドクンと鳴る心臓。


 緊張でうまく話せる気がしない。


 だからこそ慎重に、ゆっくり話そう。


「ねえ、凛子って気になる人が出来た時、どうしてる?」


「んんん〜? 気になる人でも出来たのかなぁ~?」


 おちょくるように訊いてくる凛子。


 なんとなく嬉しそうな口調で訊いてくるのはなぜだろう。


「そ、それはノーコメント……」


「えーどうしてよー」


「だってだって凛子からかうでしょ! 盛大に!」


「そんなことしないよぉ~」


「今だってからかう気満々じゃん!」


 あははは、と凛子が笑った。


「……で、凛子はどうしてるの?」


「うーん、気になる度合いにもよるけど、あっちから来なかったら、私からLINEするよね」


「そうかぁ~」


 やっぱり凛子はそうだよね。


 そういう勇気が常に備わっているところ、本当に羨ましい。


「でもさ、澪と連絡先交換して、連絡しない相手なんているんだ。私なら1チャン狙って連絡すると思うけどな」


「ありがと。凛子から連絡来たら、絶対舞い上がっちゃう」


「可愛いこと言ってくれるじゃん~」


 ★★★


『山下、俺どうすればいい?』


『爆発しろ』


『ドゴォォォォォン!!!』


『3点』


『ひでぇ

 乗ってやったのに』


 ゲームをしながら、俺は山下にLINEで相談していた。


 内容はもちろん、渚波にLINEするか否か。するのであれば、どのような文章にするべきか。


 勇気が出ない俺に、彼女出来たことのある山下にご助言を頂こうと思った。


 ゲームがロード画面に入った瞬間、スマホを開く。山下からのメッセージはまだない。


 山下め。早く返せ。


 山下からアドバイスを貰うまで、ゲームで気を紛らす。


 アドバイスを待っているだけで気が気でなく、小説を書くところではない。


 渚波にLINEを送るというプレッシャーを紛らわすためにゲームしているが、いまいち集中出来ない。


 それほど緊張している。


『知るかそんなこと。高校生なんだから自分で考えろ』


『最近の渚波との関わりから脈アリって考えちゃっていいかな? それとも恋愛経験0だからそう思うのかな?』


『キモい』


『ねぇ、俺どうしたらいい? 脈あり? ナシ?』


『キモいって』


『真剣なんだよ』


『知らねぇって』

『つか俺さ、渚波のファンだって言ったよね?』

『その俺に、推しへのアプローチのアドバイス求められて、良い気持ちすると思うか?』

『なぁ?』

『どう思う?』


 山下からの怒りのメッセージが怒涛のように送られてくる。


 確かに……。


 逆の立場だったらマジでキレてたかも。


『それに俺が初めての彼女出来た時なんか、相談してくんなって突き放したじゃねぇかよ』


『そうだっけ?』


 そう言われれば、そんな気もする。


 多分、新人賞落ちて気分がどん底に時に連絡来たからだろうな。


『だからお前1人で考えろ』

『じゃあな』

『二度とこんなくだらない内容で連絡してくるんじゃない』


 それを皮切りに、どれだけメッセージを送っても既読にならなかった。


 ちぇ、ツケが回ってきたな。


 さてどうしよう……。


 23時ちょい前かぁ。今、連絡したら迷惑になるよなぁ。


 俺はスマホを遠ざけて、ゲームに集中した。


 決めた。今日は送るのやめよう。


 ……23時といえば、『学校で一番人気のあの子が路上ライブでベースを弾いているのを、俺は知っている』の最新話更新時間だな。


 ミヲすけさん。読んでくれてるかな。


 ★★★

 

 凛子との電話が終わったあと、藤木くんのトーク画面を開閉していた私は、ついにスマホを手放して枕に顔を埋めた。


 駄目だぁ……送れないぃ……。


 ブブッとスマホが振動する。凛子からだ。


『連絡きた?』


『きてない……』


 23時。明日も学校。だからもう寝る時間だ。


 はぁ、とため息をつきつつ、私はカクヨムを開く。

 

 藤木くんは週に4話ほど更新している。更新する時間は大体深夜帯だ。


 もしかしたら、更新しているかも。


 藤木くんが今書いている小説のページを行くと、話が1つ増えていた。

 

 最新話の一つ前から読み、次いで最新話を読んだ。


 …………やっぱり面白いなぁ。胸がドキドキする。


 やっぱりずるいよね、私。


 今まで話しかける勇気すら持たなかったのに、作者だってわかった瞬間近づくのって。


 凛子からメッセージが届く。


『澪からLINE来て舞い上がらない男子なんかいないって』

『がんばって送ってみよ』


「凛子……」


 でも、この気持ちに嘘は付けない。後悔したくない。


「よしっ!」


 声を出して勢いを借りて、LINEを開く。


 初めて気になる男子にメッセージを送るから、どう送ればいいかわからないけど、何も送らないよりかはいいよね。


 手早くLINEを打つ。勇気が恥ずかしさに押し潰される前に送らないと!


『こんばんは。今日連絡先を交換した渚波澪です。明日も学校、頑張ろうね』


 打ち終わった文字瞬間、即座に送信ボタンをタップし、スマホを毛布の中に埋めた。


 ブブッ、とスマホが振動する。


 もももも、もしかして藤木くん!?


 布団をまさぐり、スマホを見る。


『アンタ、誰に送ってんの?』


 やっばい。


 ママに送っちゃった。


 火が噴き出そうなほど身体中が熱くなる。


『間違えた』


『そう。ならいいけど』


 いけない。


『まぁ、頑張りなね』


『なにが?』


『好きな人に送るはずだったんでしょ?』


 —――っっっ!!!!!!


「ママ!」


 私は部屋を飛び出して、2階の廊下から1階にあるリビングに向かって叫ぶ。


「余計なこと言わないでよ!」


 するとリビングから呆れた声が返ってきた。


「間違えたアンタが悪いんでしょー」


 何も言えなかった私は、そのままとぼとぼと布団へもぐった。


 はぁーサイアクだぁー。


 今日はもう寝よう。


 何もかも忘れたくなって、電気を消した。


 次送る時は、ちゃんと確認して送ろう……。

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