第4話 カノジョ
★★★
渚波の手に触れるチャンスなんてないと思ったから勢いで握手しちゃったけど、ちょっと大胆だったかな。
それにしても渚波の手、細くてスベスベだったな。
いやぁ~、良い思い出になった。
さて、英単語の勉強でもするか。
俺はシャーペンを強く握り、英単語を目で追いながらノートに書いていく。
………………うーん、なんか横から視線を感じるんだが。
まさか、俺を見ているとか?
ないない絶対ない。
だってあの天下の渚波澪だぜ?
俺に興味を持つわけがない。
でもまぁ、確認してみるか。
そっと、バレないように目を左に向ける。
「あっ」
一瞬渚波と目が合ったものの、すぐに目を逸らされた。
えぇ……マジ? 嘘だよな?
「あの、藤木くん」
「ん?」
「きゅっ、休日は、何をして過ごしていらっしゃるんですか?」
前々から思っていたけど、渚波ってこんなに敬語使う人だっけ?
そんなイメージはないんだけど。先輩と話しているときだって、こんな話し方はしていなかった気がする。
澪のぎこちなさには触れず、とりあえず普通に答える。
「ゲームかプラモデルかな。あと晴れた日はランニングもかな」
「へぇ~」
コメンテーターのような抑揚で相槌を打ちながら、ノートにペンを走らせる渚波。
「……何書いてるの?」
「メモしてるんです」
「メモ?」
「……えっ!? あ、そのっ……」
目を泳がせつつも、渚波は手振りで必死に弁明する。
「に……人間観察っ! 私、趣味人間観察なんですよ~。ははは」
「へぇ……」
変わってるなぁ……。
いや待て。
そもそもそんなことあり得るのか?
仮に人間観察が正しいとして、メモまでするか?
いや、しないよな。
じゃあ、いったいなんだろう?
もしかして弱みを握られようとしてる?
俺をいつか
「も、もう一つ質問、いいですか?」
渚波の真剣な表情に、俺はごくっと唾を飲み込んだ。
「ど、どうぞ」
一体何を訊く気だ?
俺は何もやましいことはやっていないぞ。
「か……」
「か……?」
「カノジョ……って、いますか?」
カノジョ?
いない。
出来たことも無い。
何なら、人生で告白されたことはもちろん、バレンタインチョコをもらったことすらない。
「いま―――」
いや待て、俺は何かを問われている。きっとそうだ。
俺は試されているに違いない。
多分だが、そうだきっと。
ここは
「います――――って答えたら?」
「そう答えられたら」
――――ごくり。
「……この上なく悲しみます」
「いません」
渚波が今にも泣きそうな顔をしたので、真実を明かした。
「ほっ、本当!?」
「うん」
「よかった~」
よくはないよ?
彼女欲しくてたまらない俺にとってその発言は、非常に悲しい。
あの山下ですら2ヵ月間、それも手すらつながずにフラれたが、彼女がいたことがある。
それに比べ、俺は高校生活も折り返し地点を迎えているというのに、彼女出来たことがないんだ。
いいわけがあるか。
「あああの……もしよかったら――――」
「おっはよう~、ミオミ~~~」
塩島がめちゃくちゃ明るい笑顔で渚波に近づき、抱きついた。
「今日も勉強してて偉いなぁ~」
「うっ、
次いで、男子グループも教室に入ってくる。
「よぉ~澪、沙良」
「おはよう~」
渚波は苅部に普通に挨拶した。
俺がよく見かけている渚波の姿だ。
そして一人、また一人と渚波に挨拶をしていき、渚波の周りにはいつもの女子グループが集まっていた。
渚波との会話が自然に途切れたので、俺は英単語帳に目を戻した。
うーん、さっきまでの会話を思い出したけど、やっぱりぎこちなかったよな。
隣から聞こえてくる渚波と塩島達の会話から、敬語は聞こえてこない。
男子との会話からも、敬語はない。
やっぱり、俺にだけぎこちない。
英単語帳をやりつつ、渚波のぎこちよさの理由を考えようとした時、
「珍しく早いじゃん」
宇佐美がバッグを机に置きながら話しかけてきた。
「まぁな。朝早く目が覚めたからさ。家にいてもすることないから英単語勉強しようと思ってさ。今日、小テストだろ?」
「ふ~ん。ま、無駄だと思うけどね」
宇佐美は毒を吐くなり、さっさと教室を出ていってしまった。
今朝の渚波は変だったが、少なくとも宇佐美のように毒を吐くよりは数倍もいい。
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