第3話 学校1位の彼女は、やっぱりぎこちない

「えっと……お、おはようございます。藤木くん」


 渚波が固い笑顔で俺に挨拶した。上手く笑顔を作れてなかったのって、ミスコン以来じゃないかな?


 心なしか、頬が少し朱くなっているように見える。


「お、おはよう」


 嬉しいけど、完全に2人きりってのはちょっと気まずい。


 だが、ここで教室から出ていって自習室なんて行ったらそれこそ角が立ちそうだ。


 渚波は机の上に勉強道具を広げている。


 なら俺も勉強すればいい。そうすれば、気まずさなどなくなるはずだ。


 大丈夫。


 今でこそ成績は悪いが、高校受験の時は毎日6時間以上勉強し、ペーパーテストで合格を勝ち取った。


 やる時はやる男だ。


 勉強を始めたら、きっと集中するだろう。


 幸い、今の教室の環境は良い。

 

 鳥のさえずりや風で木々が擦れる音が聞こえるほど静かだし、2人しかいないので教室の空気も澄んでいる。


 集中するのにもってこいの環境だ。


 それに渚波の机に勉強道具広がっているってことは、あっちだって勉強するために朝早く来たんだ。


 こっちが勉強すれば、あっちも勉強するさ。


 俺は英単語とノートを開いて、単語を書き始めた。


 ちょっとだけ楽しくなってきたぞ。


 よし、これでゾーンに—―――


「あ……あのっ、ふじゅ……藤木くん」


「うん?」


 渚波から呼んだにも関わらず、目を逸らしてきた。


「あのー……えっとー……」


 多分気まずさから、俺に話しかけてきてくれたのかな。


 手を動かさずに渚波を待っていると、


「ああ。ああああ握手、しませんか?」


「握手っ!?」


 思わず大声を出してしまった。


 今まで生きてきたなかで、初めて言われたんだが。


 もしかして新手のドッキリ?


 周囲を見るが誰もいない。


 そもそもドッキリなわけが無いか。


 2人きりの状況は偶然だし。


「……なんで?」


 怪訝な目を渚波に向けると、彼女は急にあたふたした様子で口をパクパクさせる。


「えとえとえと、えー…………っと、そうっ! 一緒のクラスになった記念っ! 同じクラスになったのは初めてだよね!」


 確かに同じクラスになったのは初めてだが、


「クラス一緒になってからすでに5ヵ月経ってるけど?」

 

「そ、それでも遅くありませんっ! きっと!」


 遅いと思う。


 ★★★


 あっっっっっぶない!


 勢いでファンみたいなこと言ったけど、怪しまれていないよね。


 うん、きっとそう!


 我ながら苦し紛れの言い訳にしては、良い内容だったと思う。


 大丈夫だよと自分に言い聞かせつつ、そろ~りと藤木くんの目を見る。


 じ~~~~~。


 めっちゃ怪しまれているっっ!!!


 完全に怪しんでるよぉ。


 もしかして、昨日の昼休みにたまたま藤木くんのスマホを盗み見ちゃったこともバレてたりして……。


 そんなことは絶対にバレちゃダメ。


 普段話しかけていないのに、作者だとわかった瞬間すり寄ったら本当に最低の人間だって思われちゃうよ。


 実際、最低な人間の通りなんだけど……。


 藤木くんの冷たい眼差しでテンパっていた心が段々と熱を失っていくと、自分の発言を客観的に見れるようになってくる。


 冷静に考えたら、『握手しよう』なんておかしいよね。


 そもそも日本に握手の文化なんてないし。


 きっと変な人だって思われてる。


 はぁ~、間違えちゃったなぁ。


 —―――って、あれ? 目の前に手が差し出されている。


「じゃあ、握手、する?」


「えぇっ!?」


「やっぱおかしいかな……?」


「いっ、いいえっ!」


 手を引っ込めようとする藤木くんの手を、強引に両手で握った。


 藤木くんの手、温かい。


 ちょっとだけごつごつしている。


 男子の手を握ったことないからわからなかったけど、こんな感じなんだ。


 ……やばい、緊張で手が汗ばんできたかも。


「えっと……いつまで?」


「うわっ、ごめんなさい!」


 私はパッと手を放した。その後、藤木くんの手の感触を思い出すように手を揉む。


 はぁ~、握手しちゃった〜。

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