第2話 気のせい?

 古典の授業後、尿意を感じた俺はトイレに行った。


 スッキリした状態で教室に帰ってくると、渚波の席の周りには桑島や塩島が集まっていた。


 俺の席に戻ると、左側から良い匂いがしてきた。


 これは渚波と俺の机の間に立っている桑島と塩島の匂いだな。


 悪くないなぁと思っていると、苅部が古典の教科書とノートを持って渚波のもとへやってくる。


「澪、ちょっと教えて欲しいんだけど」


「教えられるかなぁー」


 渚波は困り顔をしつつ、「ここはこうだよー」と苅部の質問に答えていた。


 ぎこちなかったのは、やっぱり気のせいかもしれないな。苅部のようなスーパーイケメンに緊張せず、俺のような凡人に緊張するはずがない。


 その後、誰かに見られている感じはしつつも、渚波と話すことはなく6時間目は終了。


 帰りのホームルームも何もなく終わり、学校が終了した。


 帰りの挨拶が終わった途端、教室が一気に騒がしくなる。


 部活に行く人やどこかに遊びに行く人がいるなか、俺は英単語帳とにらめっこしていた。


 明日は英単語の小テスト。


 家に持って帰って勉強しようかどうか。


 でもなぁ……どうせゲームしたり、小説書いたりでやらないだろうしなぁ。


 あとこの英単語帳、地味に重たい。


「ああ、あのっ、ふじゅ――――」


「ミオミオ~!」


「あ……」


 渚波が一瞬にして友人達に埋もれる。


「今日部活ないからカラオケいこーっ!」


「え、あ……うん! 行こ!」


 がっかりした顔が垣間見えた気もするが、気のせいだろう。


 俺は再び英単語帳に視線を戻す。


 持って帰るべきか、置いて帰るべきか。


「帰ろうぜ、藤木—―――って、なにやってるんだ?」


 やや気だるげな男子の声が頭上から降ってきた。


 顔を上げると、そこにはメガネをかけた短髪の男子がいた。


 こいつの名前は山下やました寿ひさし。高校1年生からの付き合いで、この学校で唯一の友達である。


 山下にでさえ、小説を書いていることを言えていない。馬鹿にしないだろうとは思っているが、言える勇気がない。


 ラノベをよく読むこいつにアドバイスを貰えれば、俺の小説もよくなると思うんだけども。


「英単語帳を持って帰るかどうか迷っててさ」


「重いだけからやめとけって」


「はぁ? 舐めんな。やれば出来るんだよ」


「じゃあ家帰ってやるのか?」


「………………」


 言葉を失った俺は、英単語帳をそっと机の中にしまった。


 ♦♦♦


 帰りの電車は、運良く2人横並びで座れた。


 スマホゲームに夢中になっている前傾ぜんけい姿勢の山下の隣で、俺は背もたれに思いっきり寄っかかりながら今日の渚波との会話を山下に伝えた。


「ふ~ん」


 山下はさほど興味を示さず、スマホをタップしている。


「改めてさ、すっげぇ可愛いなってわかったよ」


「そりゃそうだろー」


「でもさ、どうしてあの時は起こしてくれたんだろう?」


「さぁな~。たまたま気が向いたんじゃない」


「かなぁ~?」


 何か違う理由がある、と思いたいの俺の悲しい願望か。


「お前、何か特別なことでもしたの?」


「いや、全然」


 俺からアプローチしたことは一切無い。


「じゃあ、たまたまで決定だな。……ちっ、ガチャ外した」


「やっぱそうかぁー。期待したかったけどなぁ」


「夢見過ぎだ」


 山下がスマホゲームを止めて、俺の方を見る。


「だって去年のミスコン、ぶっちぎりで1位だぜ? 顔は完璧。加えて勉強も運動も出来る。そしてそれを鼻にかけない。から、嫌いな人間が少ない。渚波のことを嫌いな奴はただの嫉妬だな。ついでに写真うつりもいい。見たことがあるか? 彼女の写真」


「ないけど」


 渚波のインスタやTwitterを見ようとしたことはない。


 アカウント探すこと自体、おこがましい気がして。


「渚波の友達があげる写真にうつる渚波、芸能人かって思うくらい可愛いぞ。極め付けは、数々のイケメン達の告白を断り続けている、あの鉄壁さだな。もはや神格化されている」


「語るじゃないか」


 熱っぽく語った山下は、排熱するように鼻で息を吐き、


「そりゃあ、ファンだからね」


 こんなことを恥ずかしがらず言えるコイツはマジで凄いと思う。


「あっちはミスコン1位の容姿に、文武共に学年トップクラス。一方お前は、つまんない顔、中の下の成績、写真うつり悪し、告白された回数0。どうやったって釣り合わないだろ」


「ぐ……………」


 ボロクソ言われたが、全部正しい。


「まぁ今日ぐらいでしょ。明日はないよ」


「そうだよなー」


 山下の話に反感を抱くことなく頷けた。


 俺のような冴えない人間に、誰が好意を持ってくれるというのだろうか。


 電車が止まると同時に、山下がスマホをポケットにしまいながら立ち上がる。


「じゃあ、また明日な」


「また明日」


 電車から降りていく山下の背中を見送った。


 山下の言う通り、渚波に話しかけられたのは本当にたまたまだろう。


 1人になったし、小説を書き進めよう。


 帰りの電車と夜を使って1話を書ききり、多少の推敲をしてからその日のうちに投稿した。


 投稿から1時間後、ミヲすけさんから応援をもらった。


 やっぱり見てくれてる。


 初めてついた固定ファン。


 今回こそは途中で投げ出さず、ちゃんと完結させよう。


 そう心に誓って、俺は布団の中へと潜った。


 ♦♦♦


 次の日の朝、アラームより20分早く目が覚めた。


 運の悪いことに、二度寝出来ないくらいなんかバッチリ目が覚めてしまった。


 最悪だ。


 家にいてもなんとなく落ち着かなかったので、早めに学校へ行った。


 普段聞かない鳥のさえずりや、いつもより静かな道路、ひんやりした空気に新鮮さと心地良さを感じながら学校へ着いた。


 静かな教室は勉強するのに最適な環境だ。


 昨日、英単語帳を持って帰らなくて正解だったな。


 この20分で今日の小テストの範囲を暗記してやる。


 やる気に満ち溢れた手で教室を開ける。


 窓から差し込む陽を浴びて髪が綺麗に煌めく女子が、1人で勉強していた。


 渚波澪だ。


 こんな時間から来ているのか?


 あ、こっち向いた。


「えっ、あっ、ちょっ待っ! ななななんでっ……!?」


 急に慌て出した。スマホで前髪とか顔とか確認している。


 一通りドタバタしたところで、渚波はふぅーとゆっくり息を吐き、再びこちらを向く。


「えっと……お、おはようございます。藤木くん」


 やっぱり、たまたまじゃない気がする。

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