第1章 2人の距離

第1話 学校1位の彼女が、なぜか俺にだけぎこちないんだが

 いま、何が起きているんだ?


 とりあえず、現状を理解しよう。


 俺は可愛らしい声によって目を覚ました。

 

 気になって、可愛らしい声のする方を見た。


 そしたら、渚波澪がいた。


 つまり学校1位の渚波澪が、俺を起こした。


 いつも俺を起こすのは、俺の前の席の荏原えばらという男子。

 

 起こす理由はプリントを後ろの席の人に配ってほしい、ただそれだけだ。


 友情で起こしているわけではない。


 それがなんだ?


 今日は、スーパーヒロイン渚波が起こしたというのか。


 席替えによって渚波と隣になってから1週間が経つが、話しかけられたことは隣の席になった時の「よろしくね」という挨拶1回しかないのに。


 うーん、未だに信じられない。夢と間違えているのかも。


 目を擦って、左隣に座る渚波がを見ていると、

 

「あっ、あの、もうすぐ授業が始まる、から、おおお起きたほうがいいかなって」


 現実か。


 腕時計を見ると、確かに授業開始2分前だった。


「ありがとう」


「どっ、どういたしまして!」


 ぎこちない笑顔を見せたのも一瞬、渚波は窓の方を向いた。


 って、やべぇ!


 スマホつけっぱなし、アイディアノート開きっぱなしにしていた。


 俺は慌ててスマホとノートをしまい、代わりに古典の教科書を出した。


 危っねー。


 誰も見てないよな?


 いや、普通見ないか。


 誰が俺のスマホやノートに興味を持つんだ。


 冷静になったところでチャイムが鳴り、授業が始まった。


 ♦♦♦


「そこまで! じゃ、後ろから答案を前に送って」


 先生の指示に従い、俺は後ろから受け取った答案に自分の答案を重ねて荏原へと渡した。


 手応えは全く感じなかった。


 いつもなら勉強すれはよかったと後悔するのだが、今回は後悔の気持ちは一切なかった。


 渚波に起こしてもらったからに違いない。


 そのまま晴れ晴れとした気分で古典の授業を受ける。


 古典の授業は、いじりやすいオバちゃんが先生なだけあって、他の授業と比べてにぎやかに授業している。


 生徒と漫才みたいなことを頻繁にやっても授業に遅れがないのだからすごい。


 古典の授業も中盤に差しかかった。


 いつもなら眠たくなるところだが、全然眠くない。


 なんか、ソワソワする。


 渚波に話しかけられて舞い上がっているからだな、これは。


 渚波パワーすごい。


 あの渚波に話しかけてもらえるなんて、マジでラッキー。


 ちょっとぎこちなかった気もするけど、多分あんまり仲良くない人と話したからだろう。


 古典の先生にあてられた時も、「未然形接続です」って堂々と答えていたからな。


 ふと、今日起こされたことを思い出して、なんとなく渚波の方を見る。


 すると、さっと前髪を整えていた。


 授業中でも身だしなみを気にするんだな。


 おっと、見ているのがバレたらまずい。


 進んだ板書をノートに写すか。


「えっ……えとえと、ふっ、藤木くん」


「ん?」


 男子生徒がオバちゃん先生をからかって笑いが起きているなか、渚波の声が聞こえた気がして左を向く。


 めっちゃ顔を赤くした渚波が、俺のことを人見知りする子どものように見てきた。


「な、なんですか……?」


 渚波の緊張が俺にも伝染し、同級生にも関わらず敬語を使ってしまう。

 

 もしかして、さっきちらっと見てたのバレた?


「あの……シャー芯、持ってくるの忘れちゃったので、かっ……貸してください」


 うーん………ぎこちない。


 なんでこんなぎこちないんだ。


 つか、学校1位に敬語使わせてしまった。


 俺がコソコソ見ていたのがバレてなさそうだから安心だけど。


「2Bだけど、平気?」


「も、もちろんっ!」


 大きく頷く渚波。純粋な子どもっぽくて可愛い。


「はい、これ」


 シャー芯のケースを手渡した。


 何故だか恐れ多そうにケースを両手で受け取り、シャー芯を一本抜き取る。


「あ、ありがっ……あがとうございましゅ。明日、必ず返します」


 めちゃくちゃ重く受け止めてる……。あと噛んだ?


「いや、返さなくていいから」


「え、そんなっ! 申し訳ないです!」


「大丈夫だから」


 シャー芯一本にそこまで思いないから。


「……では、お言葉に甘えて。たた、大切につづっ……使わせていただきます」


「お、おう」


 本当にどうした?

 

 途中また嚙んだし、どんどん声小さくなっていくし。


 気のせいだろうと、自分のノートに目を移した瞬間、「渚波さん、ここの動詞の主語が誰かわかる?」とオバちゃん先生にあてられた。


 渚波は2秒ほど間を置いて、


「帝です」


「理由は?」


「動詞が尊敬語だからです」


「正解よ」


 スマートに回答している。


 すっごっ。


 俺だったらあたふたした挙句、「わかりません」と答えていた。


 ぎこちない素振りなど一切無い。


 とすると、俺との会話でのぎこちなさはなんだったのか。


 まさか、俺と話すのが嫌過ぎてぎこちなくなったとか……。


 ……考えないでおこう。


 渚波がぎこちなかったのは、おそらく気のせいだ。

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