第30話 番外編 2

「ラウロ・・ラウロ・・ラウロ・・・」

 母に揺り起こされて、俺は思わず自分の唇を噛み締めた。

 巨人が現れて、やる事が山積みなのに、力が出ない。

 もう、ピアは、アルジェントロには居ない。


「奥様にいくら怒られたとしても、ピア様をうちに引き取れば良かったわね」

「・・・・・」

「私があの時・・ピア様にもう来ないでなんて言ったから・・・」

「そんなこと・・・」


 母が乳母をしていたという事もあって、ピアはちょくちょく俺の家へと遊びに来た。小さなピアは妹という枠を越えた存在で、虹色の妖精は俺の唯一の宝だった。


 あれは俺が七歳の時、オルネラ奥様が俺の家へとやって来た。ピアの事でヒステリックになって叫び、母をしつこく折檻し続けた。俺も母を庇おうとして叩かれたが、奥様の暴力は止まらない。奥様には護衛の兵士がついていたが、護衛の兵士は止めようともしない。


 最後にはピアの面倒はもうみないと約束させられた母は泣いたが、ピアがうちの扉を開けた時には、精一杯の笑顔を浮かべて、

「もう来ないでね」

と言ったのだった。



 寂しそうに遠ざかるピアを追いかけた俺は、家から持ってきた焼き菓子をピアに押し付けた。ピアは自分の家ではお菓子を与えられないから、少しでも元気になってくれたらと思って焼き菓子を渡してから、俺とピアの距離は一気に開いたように感じた。


 ピアは村の子供とも一切、遊ばない。自分が誰かと遊ぶと、母親が何をするかわからないから。

 いつも、誰も入らない森に一人で入って、鼻歌を歌いながら遊んでいる。

 ピアは領主様譲りの土魔法の使い手のようで、強い魔獣は近寄らせない。

 小さな魔獣の子供を相手に、一人で森で遊んでいた。


 虹色のピアは森の妖精のようで、俺はそれを遠くから眺めていた。

 踏み込んだら、また母さんが暴力をふるわれるかもしれないから。

 近くには踏み込むことは出来ないけど、ピアが傷つかないように見守ることは出来るから。


 ある日、領主様が俺を呼び出して、ピアと将来的には結婚したらどうかと言われた。


 副官としてピアを守り続けて、オルネラ様とルカ様の親子を王都に移動させた暁には、俺とピアで領地を引き継いで欲しいと言われた時には、天にも昇る気持ちだった。


 ただ、オルネラ様には気付かれないようにとだけ、何度も言われ続けた。

 オルネラ様に気付かれたら、俺もピアもどうなるか分からないから。


 オルネラ様は伯爵夫人という事になるんだけど、侯爵家の出身だけあってうちの領では女王様のように振る舞っていた。

 先代の領主様すら匙を投げた程だから、やりたい放題に俺には見えた。


 食事中にいつも水をかけられるピアを、本当にこっそりとしか乾かしてやる事が出来ない。本当は色々と話をして、愚痴でも何でも聞いてやりたいのに、オルネラ様に気付かれたら、すぐさま引き離されてしまうだろう。


 我が国の嫡男は王都に出仕する事が義務付けられているので、ルカが王都に移動したら、きっと寂しさに耐えられずにオルネラ様も移動されるだろう。

 そうしたら、二度と二人は王都から戻らない。

 そのようにするから、それまで待ってくれと領主様には言われた。


 魔力切れ寸前でふらふらになるピアに、俺は手を伸ばすことが出来ない。

 捕まえて、引き寄せて、抱きしめてやりたい。

 もういいと、もうこれ以上、戦わなくて良いと、そう言って安心させてやりたい。


だけど、今、それをやったら、オルネラ様に気付かれてしまう。

そうしたら、俺だけでなくピアの命だって危うくなる。


「ピア様が居なくなった後に、ようやっとアルジェントロは、ピア様が過ごしやすい環境になるのね」


 過去の事だとしても、王家に輿入れする人物を迫害、冷遇したとして、王家は厳しい処分を下すだろう。俺だって許される立場ならそうする、愛する人を虐めた人間を優遇するつもりは全くない。


「ピア様が居なくて私も寂しいわ」

「俺も・・・」


 どれだけ悔いても、もう、どうにもならない。


 巨人もどうにかして、魔獣もどうにかしたら、アルジェントロの後継者として王宮へ出仕をしよう。

 そうしたら、いつかは幸せそうなピアの姿が見る事が出来るかもしれないから。

 俺には出来なかったが、あの王子なら、きっと、ピアを幸せにしてくれるだろう。


「ピア・・俺のピア・・・」


 ああ、全てを最初からやり直したい。

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私は自分の死ぬ予定を知っている もちづき 裕 @MOCHIYU

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