第48話 永いお別れ

 ダンジョン清掃の行われた日からしばらく経って。


 訓練所に朝日が差し込んでいた。

 まだ誰もが起ききってはいない、爽やかな匂いさえ感じさせる朝。

 そんな中、訓練所の外へと続く石畳にずた袋を担いだ少年がいる。

 その傍には白髪義眼の教官。


「幸運を祈る」

「お世話になりました」


 シェイクは頭を下げる。

 白髪義眼の教官は抑揚のない口調で言葉を贈る。


「今期訓練生2人目の退所者が星7つ訓練生だったのは幸運だ。星7つ訓練生ならここを途中で退所しても十分よそでやっていける実力を持っているのだから」

「……俺1人じゃ、とてもそんな実力は発揮できないんですけどね」

「では、退所を取りやめるか?」

「いいえ」

 

 シェイクは首を振る。

 その動作に迷いはない。


「俺はここから去ります。本当に1人でもやっていける腕前を身に着けるために。そのためには……プリンの傍にいてはダメなんだ」

「プリン星1つ訓練生がどうしたというのだ?」

「いえ、あの、あいつを鍛えてやってください。まだ未熟かもしれませんが、あいつには本当に魔法使いとして実力があるんです。それを……ある意味、俺が邪魔していた」

「プリン訓練生が実力を発揮する機会を阻害していたという意味か? 確かに、傍にいた君が先に敵を倒してしまうなどすれば、プリン訓練生はなにも経験できまいな」

「……守ってやるとか言って、俺1人で片付けようとして……あいつの力を信じていなかった。俺は思いあがっていたんです」

「君にその自覚ができたのなら、この訓練所を退所する必要はないかもしれない。今後はプリン訓練生を守護対象ではなく、仲間として扱えばよいだけだ」

「……俺はプリンの本当の力を知っています。だから……仲間としてではなく、あいつのことを都合のいいアイテムみたいに利用してしまうことになるかもしれない。それは違うんです。俺はそんな風にプリンと一緒に居たいわけじゃなかった……」


 教官は静かに告げる。


「プリン訓練生の本当の力とやらがなんなのか、それを聞いたりはしない。シェイク訓練生、いや、シェイク元訓練生。ともあれ、君がここを去るという意思の強さは確認させてもらった」

「ええ。俺はここを去りますが、あいつはまだまだだ。だから……ここで鍛えてから冒険に出た方がいい。あいつがここを出るころまでには……俺はきっと本当の意味であいつを助けてやれる力を手に入れて見せます」

「本当の意味で、か。そうなることを願っておこう」

「俺は強くなりますよ。あいつの力を借りなくても……あいつを独占したいなんて思いを心の奥底に隠し持たなくても済むくらい強く……」


「シェイク!」


 突然の呼びかけに、シェイクの言葉が途切れた。

 シェイクはぎこちなく振り返る。

 息を切らせて、両膝に両手をついているプリンがいた。


「……どうして……どうして!?」


 切れ切れの声を聞きつつ、シェイクは教官へ問いかけるように目を向ける。

 教官はなにも答えず、冷たい義眼で見返すだけだ。


「どうしてぼくを置いていくの!?」

「……わかってくれ、とは言わない。俺はこれ以上プリンの傍にいると、自分のことを許せなくなる。プリンを……ただの幼馴染とか友達とか……そんな風に思えなくなってしまう」

「……え? それって、どういうこと?」

「プリンのことが大事だからこそ……プリンをコントロールしたり支配したりしたくない。なのに俺は実際、プリンに俺以外の友達という選択肢を与えないように、俺だけを頼るように、誘導してるんじゃないか? 俺はもう自分のことを信じられないんだ」


 プリンがもじもじ、服の裾をいじり始めた。


「え、ええーっと、その……それって僕を独り占めしたいって思ってるの? つまり……ラブとか恋人とかそういう……? そういうのだったら、嫉妬したり自分の好きなようにコントロールしたいとか、普通に考えることだから気にしなくも……」

「いや、そういうんじゃなく」

「! そういうんじゃない!?」


 プリンが呻く。

 シェイクは首を振って続けた。


「俺は弱い。純粋に冒険者に憧れて努力し続けようというプリンなんかより、はるかに。……だから、俺をそんな心の疑いから解き放つには……俺がプリンの傍から離れておくしかないんだ」


 物理的に距離を取れば、俺はプリンの能力を実際に利用できない状況になるだろう。そうすれば、俺は堂々とプリンの力を利用していないと言い切れる。

 シェイクはそう心の中で付け加える。


「……シェイクがなに言ってるのかわからないよ」

「……俺はプリンに相応しい強さを手に入れてくる。それまで、プリンはここで魔法使いとしての力を鍛えておいてくれ。その時までは……俺はもうプリンに会わない」

「そんな……おかしい、おかしいよ、シェイク……」

「じゃあ、俺は行く。その時まで……元気でな」

「ね、ねえ、本当に……本当に行っちゃうの!? 僕を置いて!? そんな、そんな……あのっ! 戻ってくるんだよね!? わ、わかった! 僕、ここで頑張るから! シェイクが戻ってくるときには一人前になってるから……だから……本当に戻ってきてよ!」


 シェイクは手を振り、それから二度と振り返らずに訓練所を後にした。

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あいつがチート持ちだと僕だけが知っている 浅草文芸堂 @asakusabungeidou

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