私は、優しいから、死にます

雪乃はそれから程なくして、炎の中にいた。




「放火魔は死ね」


と誰かに言われたらしい。


その言葉を雪乃は実行した。




「先生、私は放火魔なので、死にます」


そうチャットでメッセージを寄越して。




雪乃は、雪乃を持て余した大人たちに言われるがまま処方された向精神薬を多量に摂取した。


ODと世間に言われる行為だ。




そして、誰も使う者の居なくなった物置で、ガソリンを撒き、火をつけて眠りについた。




駆け付けた時、物置全体に炎は燃え広がっていた。




全身を燃えつくすような憎しみの炎だと思った。




私は手にしたブランケットと共に水を被ると、雪乃が居る炎の中に飛び込んだ。




雪乃は古い皮のソファに横たわり、燃え滾る炎の中でも目を覚まさない。




「私は、優しいから、死にます」


雪乃の口がそう言っているかのように、少し動いた。


私は今、雪乃が生きていることに安堵する。


彼女を背負うと、その上から濡れたブランケットを被り、外へと歩んだ。




「雪乃、雪乃。聞こえる」


「雪乃は生きるの」


「先生とここから始めるんだよ」




外に出たら、笹田と野村が待っていた。


松沢は救急車を呼んでくれていた。




私が雪乃の火傷で腫れあがった頬を叩き続けると、彼女は目を覚ました。




「先生、どうして私を助けるの。生きていたって何にもいいことない。本当に優しい人は、この世界で生きていけない。私は、優しい人として死にたいの」




泣き叫ぶ雪乃を、私は抱きしめる。




「先生、私は、この世界を、取り戻せないくらい、ボロボロに破壊しつくす」


「うん」


「先生、先生も手伝ってくれる」


「ああ。当然だよ。先生も、雪乃と一緒にこの世界をぶっ壊すよ」




私は、ずっと前から、こうして私自身を抱きしめてあげたかったのだ。






私と雪乃は、大手術が必要なほどの火傷を負った。




雪乃は保険が適用されて、全身の火傷が綺麗に治った。




私は、というと、火傷の治療を拒否した。


残しておきたかったのだ。


あの焼けつくすような痛みを。醜悪な見た目でいることで、私自身の、そしてこの子たちの主張を、憎しみを。




「真澄ちゃん、どこの山から来た山姥だよ」


と、時たま笹田に弄られることになるが、私はそのユーモアセンスを笑った。




笹田に言われると笑えるが、道行く人々にも後ろ指を指されたのは、高揚感を感じた。




こんな変な顔の人を見たことがない、というように振り向く人々を、私は心で嘲笑った。


「あんたらの心の醜さには負けるよ」


と、心で呟いた。




私にとって、この火傷の跡は誇りなのだ。




しかし、親には大目玉を食らった。


「真澄、そんなんで外を出歩くなんて恥を知れ」


「真澄、お嫁に行けなくなるから、頼むから、整形手術を受けて頂戴」




「やだね」


と言えたら良かった。


私は、どうも親の前だと萎縮してしまう。


仕方がないから、一番目につく顔だけ整形手術を受けた。


整形手術を受けてから、着々と、政府のデータベースに攻撃を仕掛け学校教育に関する法律を改ざんするための計画を進めていた。




改ざんとは言うが、本当の目的は教育機関の多様化を認めさせるためのものだ。


あの頃は、フリースクールは法的に教育機関として認められていなかった。それを強引に、力づくで世間に認めさせるために私たちは動いていた。




そんな中、術後の経過も良く、顔だけは普通の人間になった私に、母が婚活を勧めてきた。


その婚活で出会ったのが、刑事の碇藤久だった。




そしてやがて、私たちの破壊活動が阻止される。




四人の子供たちには、大人の私に強引に勧誘されて犯罪に手を染めたと言ってくれ、と口裏を合わせさせた。




私は一人、全ての罪を背負い、政治犯として収容されることになった。



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