ちょい、俺がまるで鬼畜みたいじゃん。書き直せや
一人、パーキングエリアのベンチに座り、湖を見ている。
このパーキングエリアは、湖ノ神社の信仰のある湖を見渡せる高台にある。
青い空と山々に囲まれた湖の景色はとても綺麗で、よく、ネットニュースにここから見える景色を投稿している人が沢山いる。私は投稿こそしなかったが、このベンチから見える景色はスマートフォンに何枚も撮って保存していた。
一人、泣いていた。声も出せず、独り静かに。
こんな状況は幼い頃から変わらなかった。
「いつか昔のことだと笑えるようになる」とかいう人に何人か出会った気がするが、その言葉を信じたくても、いつまで経ってもそんな日は来ない。
こんなに年をとっても、いつまでも幼い私が泣き止まない。
そこにプッと吹き出す笑い声が聞こえた気がした。
「真澄ばあさん、泣いているの」
振り向くと碇主任だった。
私はカッとなって言う。
「よくも笑えたなぁ、若僧。私はあんたと違って人が苦手でね。相談できる人も、一緒に泣いてくれる人もいないんだよ。寂しい惨めな年取っただけの人間に追い打ちをかけるなんて、あんたずいぶん残酷だ。それに、私は婆さんではない。心はピッチピチの現役女子高生だよ。分かったら、ほっといてくれないか」
碇主任はますます笑い声をあげた。
「心はピッチピチの女子高生が、そんなにヤサグレているかよ。笑わせんな」
「この若僧」
私は拳を振り上げた。
私は今まで子供たちに手をあげたことはなかったが、こんなに馬鹿にされたのだから暴力をふるいたくなる。
「見ろよ」
という突拍子もない言葉と共に私の目に入ってきたのは、腕の傷跡。
碇主任の腕には、カッターで切り付けられたような跡や、根性焼きのような跡があった。それは色素沈着になった古いものから、最近できたであろう赤く腫れあがったような血がにじんだ跡もある。
「これは」
と私は思わず聞いていた。
いかにも教師していましたみたいなペラッペラの薄っぺらい正義感で、かもしれない。
それがどれほど彼らを傷つけてきたのか、私は知っていたはずなのに。
「俺、ネグレクトされながらもヤングケアラーってやつやっていてさ。二十代後半になった今でもあいつらの呪縛から逃れられないでいる。あいつらってのは両親な。もちろん、可哀想だとか思うなよ。俺は最近、あいつらのこと許せるようになり始めたんだから」
碇主任の母は、適切な治療を拒否してきた精神病者という。理由のない暴力。機嫌が良い時は優しい母になるらしいが、興味のない時は彼の存在自体を無き者として扱ってきた。それが数年前、孫ができたのをきっかけにやっと精神科を受診したようだ。
父の方は、酒乱で、お酒を飲んでは暴れていたらしい。碇主任のこの仕事は、父から受け継いだものらしいが、彼は自分の過酷な人生をどう思っているのだろう。
「最悪だよな、あいつらさ。俺のコト散々、産まなきゃよかったとか言っておきながら、孫ができたとたんに親みたいな顔してきやがって」
「そうだね。最悪な奴らだ。あんた頑張ったんだね」
「はあ、分かったような口きくなよ。ムカつくババァだな」
「誰もあんたの人生に始終つきまとっていた訳じゃないんだから、あんた一人しか自分の理解者はいないさ。ただ、私も自分の両親とは距離を測りかねていてね。二人とも亡くなっているけど、私が年上の奴らが苦手なのは両親との関係からきているのかもしれないね」
そうだったな。碇主任の父親と同じで、私の父は酒を飲んでは暴れていたな。幼い私はいつも怯えていたっけな。母は父の言いなりで、問題を次から次へと起こす私に、父と一緒になって責めてくるのが通例だった。
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