無駄に信心深い婆さんだな。カッコつけやがって

その神社は、湖ノ神社。私の生まれた地域にも分社のある大きな神社だ。幼いころ、六年に一度行われる祭を体験したことがある。その神様は、古代から存在するということを知り、興味があったので調べてみた。


 夫妻で祀られる神様で、妻は土着の神であり、大陸から渡来人が来る前から元々日本列島にいた人々に崇められていたらしい。夫は、元々住んでいた地を追われて、遥々、湖ノ州まで来た神であるという。その夫妻の神は、元々どちらも人であったという説もある。


 私は、そんな古くから人は人を信じたくて、誰かをどこかに追いやりたくて生きてきたのだと思った。


 私もそうだ。誰でもいい、信じられる人が一人でもいたら、こんな人生にはならなかったと思う。誰でもいい、あいつらが許せない。私を追いやろうとするやつらを、ここから追い出してくれ。


そうなのだ。そう思う心が、私を罪人にしたのだと思う。




「罪深き私の人生には何も望みません。どうか、あの子たちに本物の自由の未来があることを祈っています。ありがとう。私と出会ってくれて、ありがとう」






 私は、塀の中にいる間に、自分の子供を産むというチャンスを逃してしまった。


 四十を過ぎていた私は、結婚もせずに家の中に籠る日々を過ごした。その間に両親は年老いていき、介護が必要になり、四十の私はその日々を両親の世話に費やした。


 沢山の支援の中で生きていた。私は、こんなにも人に迷惑をかけて、こんなにも心配してもらっているのだと、やっと知った。


 でも、私は、人々の中で生きながら、こんなクソみたいな人生早く終わってしまえと思っていた。誰の役にも立たない、人のお荷物になるだけの人生なんて。


 ある教育者の著書にあった言葉が頭をよぎる。


「ロクな産まれ方をしていない私が、ロクな人生を歩めるはずがない。学校に行って何になるの。どんなに学んでも、なにも満足できない。私は、三十になったら爆発する」


 教え子の言葉だそうだ。今の私にピッタリな言葉だ。その子は、やがて所帯を持って幸せに暮らしているそうだが、私は違う。


 四十を過ぎても処女で行き遅れ。爆発したくても、逃げ出す場所もない。




 私は、五十を過ぎてやっと成人式をした。振袖の代わりに黒装束を着て、祝われるためではない、旅立つ者を送る花を棺に並べた。両親が相次いで亡くなったのだ。いよいよ私は一人で生きていくしかなくなった。


 若いころは五十を過ぎればお婆さんだと思っていた。でも、実際になってみると私の心は若いままだ。鏡を見ればずいぶんシワもシミも増えたなと思うが、これは本当に私の顔なのか、こんなに年を取る予定ではなかった、と思うのだ。




 私より、十も二十も年下の社会福祉士の方が世話をしてくれて、私は生涯で初めてアルバイトに就くことになった。教員をしてはいたが、それも数年のことである。私は世間知らずだったということを、そのアルバイトで知ることになる。


 実は、教員を志すずっと前から清掃の仕事に興味があった。引きこもりであった十代の頃から、仕事をするなら高速道路のパーキングエリアで、と思っていた。軽井沢で別荘管理の仕事をしながら、週三日はフリースクールで働き、週二日、時間の空いた時に憧れの観光地・軽井沢の近くのパーキングエリアでトイレ清掃の仕事をしたい。と具体的に想像していた。


 今もあの時の夢が捨てられず、五十を過ぎてやっとその、パーキングエリアでトイレ清掃をするという憧れの仕事に就いたのである。


 だが、人付き合いも、お金をもらう仕事も慣れていない子供部屋オバサンには、その仕事は辛かった。


 汚物の処理も、汚れ仕事もそれほど苦にはならなかったが、違う意味での汚れ仕事はきつかった。


 同僚の女性が、何かと告げ口をしてくる人で困った。なんと返したらいいのか、この事案は上司に言うべきか。いつも頭を悩まされた。


 「あなた、あの人に悪口言われているわよ」


 「あの人の仕事、わたしだったらああするのに、ちょっと雑だと思わない」


 「上司の碇主任、ちょっと若すぎてお坊ちゃんよね。世間知らずっていうか。この仕事についてよく分かっていないんじゃないかしら」



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