碇くんと私
久保田愉也
人が人形に見えるて、共感能力ないくせに、同情求めるなや
私の人生は怒りと憎しみと孤独が渦巻いている。
幼いころから人々が人形のように思えて、皆、それぞれの人形劇を演じているのを傍観していた。私はその中で一人、自分だけが人間で、窮屈な四角い箱に閉じ込められたかのように、息苦しさを感じていた。
まるで私だけに感情という感覚があるかのようなものだ。全身を焼き尽くすような怒りと、それを誰とも共有できない憎しみと、それらに伴う孤独だ。誰も癒してはくれなかったし、誰も理解してはくれなかったし、誰も知りもしなかった。
このような絶望的な感覚は、生理現象のように周期的にやってきた。
三十代の私が、私を救い出す方法を見つけ出すのに時間はなかった。
三十代の私は、引きこもりだったのだ。三十代にして一念発起して、大学に入学し、念願の教員免許を取得した。
それで何かが変わったのか。その問いには、ばあちゃんになった今も答えはない。
私は教員免許を取得し、何を得たかったのか。
昔から大人たちに反抗してきた私は、年上の人間たちの人形になる気はなかった。孤独と孤立を抱える子供たちを開放するために、人生を捧げることが夢だった。
そして、私が自身を救い出す方法も、これしかなかったのだ。
私にはこんなでも慕ってくれる年下の少年たちがいた。
一人の教員として不登校の子供たちの集まるフリースクールに勤めていた私は、彼らと共にこの世界を破壊しつくす計画を立てていた。
それは、この世界を新しく生まれ変わらせる計画だった。
ある子は、自分を虐げる親から解放されるために。ある子は、インターネットのいじめから解放されるために。そして私は、彼らと私の安住の地を得るために。
夜、眠りにつくのが怖いのだ。あの子たちは、元気な子は夜中バイクを走らせ、そんな元気もない子は自分の部屋のインターネットの扉を開ける。
どちらの子も、真っ暗闇の中で自分が照らす一筋の光を目標にして走っていた。そんな彼らに私は自分自身を重ねていたのかもしれない。
新たな反社会派勢力となろうとしていたその行動は、社会問題化されて、彼らも私も、今いる場所でさえ奪われることになる。
ほんの小さな呼びかけだったはずが、大きな渦となり、天災と化す。
「さあ、世界の次の扉を開けよう」
その言葉で始まるインターネットサイトだった。今、すごく懐かしく感じる。あの時代は、ウィズコロナの始まりの時代で、人々は実際に会えなくてもいろいろな行動を起こすことができた。法整備も未熟で制限もなかったので、人々は自分の思いをむき出しのまま表現していた。
私たちは、その自由の中で、新しい時代を自分たちの力で切り拓いていく予定だったのだ。
ある夜のことだった。
私の恋人が仕事場に訪ねてきた。
私にはこんなでも恋人がいたのだ。出会ったばかりで、手をつなぐこともなかった人だった。彼の職業は刑事。その時、私を捕まえに来たのだという。
バレてしまったのだ。私たちが、政府の暗号化されたデータベースにアクセスして学校に関する法律を根本から改ざんしようとしていたことを。
あの時代は、そんなことが子供でもできてしまうような安易な作りの鍵付きの部屋があったのだ。
今そんなことをすれば、言葉にして想像を語っただけで罰せられてしまう。
ああ、あの時代は、閉塞感と孤立感に苛まれていたように思えても、自由で良かった。
「最低だな。おまえ。なんの罪もない子供たちを食い物にしていたのか」
彼は言った。そのことについてはいろいろ反論したい。でも、その時の私にはそんな元気はなかった。やはり、私と彼らの翼は、この世界に簡単にもぎ取られてしまうのだ。そんな無力感が体中を駆け巡っていた。
彼の名前は、碇藤久(いかり・ふじひさ)。私よりも二つ年上の男性。
これだから年上は嫌いなんだ。私は心の中で呟いて、自分の両手首に手錠がかけられるのを無表情に見ていた。
パトカーで連行されているとき、窓の外に神社が見えたので私はふと口走った。
「少し停まっていただけますか。あの神社に寄りたいのです」
碇刑事は、眉をひそめて私の顔を覗き込んだ。
「逃げる気か」
「いいえ。こんな私でも神さまを信じる心があるのです。もう、外にはしばらく出ることができないのでしょう。最後に、祈らせてください」
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