ベンチのお友だち 🏙️

上月くるを

ベンチのお友だち 🏙️





 いつからだったか忘れてしまうほど長いこと、公園のベンチは独りぼっちでした。

 公園といっても、自治体の合同庁舎の駐車場に併設されている、小さな空間です。


 四半世紀前に設計した人は、四六時中市民が訪れる光景を思い描いたのでしょう。

 算用数字の8の字に植栽が植えられ、木製のベンチが置かれ、水飲み場もあって。


 ことに見事なのは総タイル張りのフロアで、藍色の深海に泳ぐ魚や藻やサンゴ礁が芸術作品のようなクォリティで描かれているので、ベンチはちっとも見飽きません。


 なのに、当初こそもの珍し気にやって来た市民の足もしだいに間遠になり、半月もせずだれも立ち寄らなくなったのは、庁舎の玄関から少し離れているからでしょう。


 だれも座ってくれないベンチはさびしくて、役に立てない自分が虚しくて、それにタイル張りの魚たちにも申し訳ないような気がして、しょんぼり朽ちていきました。




      🐠




 大人はだれも来ませんし、ときどきヨチヨチ歩きの幼児を連れた若いおかあさんがやって来ますが、砂場や遊具があるわけではないので、すぐ立ち去ってしまいます。


 だれかが来て座ってくれるかも知れないという希望を捨ててから数えきれない季節が通過して行きましたが、そんなある日、少し老いた女性がふいにやって来ました。


 手入れをしてもらえないので、見るからに古びて、ささくれだったベンチを見て、「まあ、かわいそうにね、こんなところに放っておかれて……」涙声で呟きました。


 そして「こんなものを見せて気をわるくしないでね」と詫びながら、手提げ袋からタオルを出してベンチに敷き、深海魚やサンゴ礁を眺め、文庫本を読み始めました。


 もうすっかり忘れていた人肌のぬくみを思い出して、ベンチはドキドキしました。

 ああ、ベンチのお役目を果たせるって、なんて幸せなことなんでしょうね……💧

 

 その日から女性は毎日やって来てくれるようになりました。独り言によりますと、それまで遠くの公園に行っていたのですが、足が痛くなって近くを探したのだとか。

 

 こんな近くにすてきなスペースがあったのに、どうして気づかなかったのかしら。灯台もと暗し? 近くに名医なし? 独りで言って独りで笑っています。(^_-)-☆




      🌸



 

 寒い寒いと言っているうちに太陽の熱量がどかっと増えて、春がやって来ました。

 新学期が始まった四月のある朝、ベンチはとつぜん数人の男たちに囲まれました。


 な、なにをするんだ?! 声をあげる間もなく、ゴシゴシこすられ磨かれて……。

 四半世紀の埃がきれいになると、頭上に広がる春空の色のペンキが塗られました。


 

 ――わあ、照れちゃうな、あんまりあざやかに真っ青だもの~!! (*´ω`*)



「注意:ペンキ塗りたて!」の立て看板を置いて、男たちがとなりの植栽スペースに移動すると、ベンチは頬(の部分)を赤らめて、われとわが身を眺めまわしました。




      🍃




 とそこへやって来たのが、晩秋からふっつりすがたが見えなかったあの女性です。 「あら、もう塗ってくださったのね。うれしいわ~」ベンチはすべてを悟りました。


 体調を崩した女性は入院の前に庁舎に出向きベンチの修繕を頼んでおいてくれたのです。担当の職員さんも誠実な方だったのでしょう、約束を守ってくださって……。


 ベンチがひそかにお礼を述べると、女性はぐるぐるとベンチのまわりをまわって、まあ、なんてきれいな色なんでしょう、これから散歩が楽しくなるわと大よろこび。

 

 そして(座れないので( ;∀;))立ったまま小首を傾げてなにか考えていましたが、真新しい春帽子のつばを仰向け、やや上目遣いに空を見上げて小声で囁きました。

 


 ――小春日やペンキ塗りたて青ベンチ     ヨウコ



 どこかで聞いたことがあるような……。でも、思い出せないから、ま、いっか~。

 大雑把な性質らしい女性は「おかげで一句できたわ」ベンチにお礼を言いました。


 こう見えてベンチは博学なので(夜、職員さんがいなくなると庁舎内の図書館の本たちが遊びに来てくれます)、あの有名な句のパロディであることに気づきました。



 ――青蛙おのれもペンキ塗りたてか      芥川龍之介



 でも、文芸界ではパロディも粋と見なされる文化があることを承知していますし、せっかくのヨウコさんのごきげんに水を差すこともないので、黙って見送りました。




      🐸




 選句には投句と同じ力が問われるそうなので、来週の句会で、この句のパロディをだれが見破ってどう選評するか、ベンチはヨウコさんの報告を楽しみにしています。




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