眠れる森の騎士:「宝」探し

「マルティス王子……ここにおられましたか」

「ん……ジャンヌか」


 図書館の大量の蔵書に埋もれていたマルティスは、ようやく帰還してきたジャンヌの言葉でようやく目を覚まして身を起こせば、分厚い本がドサドサと大きな音を立てて落とされた。


「全く……これだけ散らかして……何を調べて……


 手の届くところに転がっていた本を拾い上げた瞬間、ジャンヌは言葉を失った。


「……ここの図書室、父上の書斎にも無い本があって驚いたよ。……皆が活動してるのに俺だけなにもしないのはどうしても耐えられない、と思ってな。……何か探れないものがないかと思って、そいつを見つけたんだ」

「……こんな本……入れた覚えもなければ目録に入っていたのを見たことも無いんですがね。……王子、パンデモニウムから諜報員が戻ってまいりました」

「本当かっ!」


 少しばかり眠そうにしていたマルティスも、その言葉で一気に覚醒したのか、仰向けの状態から即座に立ち上がり、例の本を小脇に抱えたまま図書室を後にしていたジャンヌを追いかけるのだった。


 ◆

 ーウィレムの精神世界ー

 

「おい! あったぞ!」


 私が大声を上げると、少し遠くで離れて探していた、ウィレムの感情が短い足で必死に走ってこちらにやってきた。


「いいぞジーナ。……この記憶の欠片を集めていくにつれ、だんだんと自分が誰だったか思い出せるような気がするよ」

「だがお前以外の『感情』はいまだ見つかっていない。どこにいるかの検討もつかないんだろう?」


 その小人は申し訳無さそうな、苛立っているような、複雑な表情でうなずいた。どれだけ記憶の欠片を集めたとしても、戻ってきた感情が怒りだけだったらあまりにも不幸すぎる。……そういえば聞いたことがある。怒りという気持ちはあらゆるものの中でも最も根源的なものだと。まさか……この邪気のせいで他の感情が消えてしまった……なんて最悪の展開じゃなかろうか。


「なぁ、お前以外は消えたりはしてないよな?」

「安心しろ、正確な場所がわからないだけだ。1つだったものがバラバラになるとその破片は引き合うものでな、しっかりと互いの存在を感じる。だから……


 だから? と止まった言葉を引き出そうと問いかけるよりも一瞬早く、ウィレムの感情その1が脇目も振らずに走り出した。


「おいどうした!」

「いたぞっ! いたっ!」


 そいつが指差す先にあったのは、壁を塞ぐように置かれていた巨大な岩だった。


「どこにいるんだ?」

「この中! この中にいる!」


 なるほど、岩の隙間に隠れているのか。息を目一杯吸い込み、底に両指を差し入れ、勢いよく体を起こすように上に力をかけると


 ググッ……


  細かい砂埃をパラパラと落としながら、岩が持ち上がった。岩があった場所には、怒りの感情が伝えた通り、何かの気配がする洞穴があった。


「ふ~重い」


 あまりの重さに耐えきれなくなり、岩を勢いよく放り投げると、爆弾でも爆発したかのような轟音と同時に、下の方から言葉にならない叫び声が飛び出してきた。


「お……おまえ……ここは俺の心の中だと知っての行動か……」

「仕方ないだろ? あれ重たいんだから……それみろ、あの岩の中に記憶の欠片が入ってたんだ、たくさん散らばってるぞ」

 

 きらめきの混じったガレキを指差すと、ちびウィレムは洞穴の中を頼むと言い残すとすぐそちらへ走っていった。投げたのはやむを得ない選択だったがいい方向に進んだものだ。


「さて……」


 洞穴の中は狭いくせに深い。壁面にまでこびりついている邪気がブニュブニュとした感触でもって触れてくるのが最高に気色悪い。……きっと奥にいるやつも同じ気持ちだろう。さっさと助けてやらなければ。


「だッ……だれなのッ!?」


 くねった通路の先から頭を出してみると、これまた甲高い、泣きの入った声が飛び込んできた。さしずめ『恐怖心』か『臆病』だろう。


「私だ!ジーナだ! 助けに来たんだよウィレム!」

「ジーナ!? なんでここにいるのッ!?」

 

 助けに来たと言ってやったというのに返ってきたのは怯えきった声。まぁ無理もないか。


「さぁこっちへ来い! 他に分裂した仲間もいるんだ!」

「む……むりだよッ! どうせ戻ったってすぐに追いやられて……

「ギャアギャア喚くなッ!」

 

 この『臆病』者の拒む手を強引につかみ取り、この陰気臭くて気色悪い穴から引きずり出してやった。するとようやく観念したのか、顔を濡らしていた涙を拭き取り、まっすぐこちらを見つめてきた。


「あの……ありがとう」

「なんだよかしこまって。大切なやつを助けるのは当然だろう」


 そいつはまだオドオドとしたしぐさを隠さない。一体どういうことだ?


「ま……また元に戻っても……」

「追いやられるってのはどういうことよ」

「あんたはいいよな……あんたの中の感情たちはみんな生き生きとしてるのがわかる。いつも自分の心に正直なんだ」

「何を言ってんだオマエ」


 あまりにも要領を得ない。つい言葉が荒くなってしまったが、そいつはさっきとは打って変わって気にもとめずにまた口を動かし始めた。


「あんたは……いやあんた自身を形作っている感情達は、怒りも、恐怖心も、優しさもみんな強い。何かが何かを押しのけることのないすごいいい心だ」

「そうか……わかったぞ。 お前は『臆病』という性質を持つがために、常に押しのけられ軽んじられてきたと。だから元に戻っても同じなんじゃないか、そう思ってるんだな?」


 どうやらその推測はぴったりだったらしい。……確かにこれまでウィレムが何かを恐れたりしたことは一度も無かった。ただ勇気があったわけじゃ無かったのか? ただ……自分の中の恐れを押さえつけて……


「……任せなよ。ウィレムのやつが復活したら、ちゃんとあいつが自分を出せるように手伝うから」


 そうして我慢強く笑いかけてやり、ようやく向こうの警戒を解いた頃、『破片』がもう一つ走り寄ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パンデモニウムの晩鐘 @TABASCO3RD

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ