眠れる森の騎士:邂逅

……さて、ウィレムのタマシイの中に入り込めたはいいが……何をすればよいものか。

 

 ザクッ……


 地面にこびりついた黒い塊に鎌を突き立ててみると、そいつはまるで煙を払うかのように消え去った。現実世界で戦った邪気のバケモノとえらい違いだ。……ん?

 私は当たり前のように鎌を振るったがあの鎌、私の心の中で作られたもののはずなのに、なんで他人の心の中でも形が保たれているんだ? まぁいいか。とにかくあいつの自我を探さなければ。

 そうして目に入る黒い邪気の塊を崩しながら先に進んでいると、地面に妙なきらめきを放つものがささっているのが見えた。


 「なんだ……これ」


 しゃがみ込み、その何かに触れようとした刹那――


《クソっ……まただよ……》

  《エレン……お前も朝風呂か》

《俺が仕えるのは魔王様だ……》


「なっ……なんだこれ……!」


 私とは別の人間が経験したであろう情景、声や音、匂いまでもが一瞬で頭の中に流れ込み、その膨大な情報の濁流で意識が飛びそうになりながらも、なんとかその欠片から距離を取ることができた。……ウィレムの記憶の一部か?


「おい! それにさわるんじゃねェ!」


 突然の出来事に思わず面食らっていると、後ろから小さい足音と共に甲高い声が聞こえてきた。雷に打たれたような衝撃で反応することが出来ない。両手を地に付けたまま、気分を落ち着かせようと息を整えるのが精一杯な中、その甲高い声はさらに近づいていく。


「離れろ! 離れろ! はーなーれーろー!」


 ……うるせぇなぁ……甲高い声が頭にガンガン響く……


「人のタマシイの中で何をしてるんじゃてめぇは! 出て行けこのやろう!」

「ヒトの……タマシイ……? おまえ! ウィレ……


 その言葉に振り向くも、行くあてを失い、半端に残ったその呼び声は無限に響く空間に消えていった。

 後ろで顔を真っ赤にして記憶の欠片からこちらを遠ざけようと引っ張っていたのは、ウィレムそっくりの小人だった。


「え……?」

「え! じゃねぇよ! 俺の記憶に触れるんじゃねぇ!」

「ウィレム……」

「あぁ!?」


 あぁ。これも呪いのせいだというのか。私と同じ背丈なのに、私よりもずっと気高く大きく見えたあいつはもういないというのか。……そのかわりにいるのは威勢よく叫ぶだけで私をほんのすこしも引っ張れていない、口だけの幼児。……こんな悲しいことってあるのか!?


「……そうか。おまえジーナだな?」


 がばっ


「なっ……! おいッ!」


 ……こんな風に幼児退行してしまうなんて、どれだけこれまでつらい目にあってきたんだろうか。でもそれでもウィレムはウィレムだよな。……あぁ……まだ子供を作れる歳でも無いのに母親にでもなった気分だ。この哀れなみなしごを守ってやらなければ、という気持ちがどこからともなく、だが力強く湧き上がって……


「離せよ!」

「よしよし……怖がらなくていいからね……」


 もうこれ以上こいつを……いやこの子をつらい目にあわせるわけにはいかない。


「……お前、もしかして俺がウィレムだと思ってるのか?」

「えっ違うのか?」


 その小人は私の両腕から飛び降りると、呆れたようにため息を付いた。


「俺はウィレム……つまり本体をなす感情の一つだ。俺はウィレムであってウィレムではない」


 どういうことだ? 自我がバラバラになった結果、喜怒哀楽のような感情が散らばったのか?


「じゃあ……お前は……」

「薄々分かってんだろうに、俺は『怒り』だ」


 自分をウィレムの感情の一つと名乗ったその小人は、未だ状況がいまいち飲み込めていない私をみて、なおいっそう苛立っているようだ。しかし苛立ちを誰彼構わずぶつけるのは好ましく無いと知っているのか、何度か深呼吸をすると、私とこいつとの間にあった沈黙を破ってきた。


「あー……お前、本体を助けに来てくれたんだろ?」

「……ッ! そうだっ! ウィレムを助けなくては!」

 

 私は今まで何をしようとしていたんだ、何を考えていやがった、と自分を責めている時間があるわけでも無い。とにかく行動をしなければ。


「……俺が本体に戻るために必要な条件は三つ。一つは俺のような感情を全員集めること、二つはさっきお前が奪おうとした記憶の欠片を全部取り戻すことだ」

「奪ったって人聞きの悪い事を言うなよ。触ろうとしただけだ」

「そう。お前は触ろうとした。触ろうとして……どうなった?」


 触ろうとして、いや触ろうとしただけであいつの記憶が無理矢理頭の中に入り込もうとしてきた。……ついさっきのことのはずなのに、その内容がもう思い出せなくなっている。

 

「ここ精神世界では記憶は形として存在する。忘れられない大切な記憶は石として残り続ける。……そしてその記憶は持ち主を常に探し、触れるものがいればすぐにそいつの記憶と置き換えられてしまう」

「……じゃあ、私は……自分の記憶と一緒にあいつが助かる可能性をも……」

「そう、捨て去ろうとしたんだ」 

 

 ……知らなかったとはいえ、とんでもないことをしようとしていたものだ。


「……とにかく、このまま怨念に蝕まれ続けていれば、いずれ俺だけじゃない、人格そのものも、タマシイそのものも消えてしまう。それは俺にとってもマズイことなんでな、協力してもらうぞ」

「私は何をすれば良い?」

「簡単だ。散らばった感情達を捕まえつつ、記憶の欠片を拾い集めていけばいい。……そして……」


 ウィレムの『怒り』の感情は何かを一瞬言いかけたが、すぐに私の肩に乗っかって言った。「今は言葉よりも行動だ」と。私もそれに対して何か言うことは無かった。

 言葉よりも行動。……ウィレムがよく言っていたっけ。


 取り戻すための旅が今始まった。

 


 

 

 

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