第62話 先輩の誕生日(9)
「そうなんですね」
そう言うのがせいいっぱいだ。
いや。
つん
たまたまかも知れない。
でも、もしかすると、そのお母さんのことがあって、二人ともビールをはずしたのかも知れないと思った。
ビールの味、あんまり好きじゃないから、いいんだけど。
……って、なぜビールの味を知ってる、
昨日まで未成年だったのに。
「それで、
つん子さんは、口を結んで、鼻からふっと息を吹く。
続ける。
「それに、おじいさんおばあさんの話とも食い違うわけだしね。そんなんだから親子仲も悪くて。嘉世子ちゃん、そのうちに、よく、家出したって言って、一人でうちに来るようになってね。家出なんかするもんじゃない、って言って、説教して、ときには店閉めて嘉世子ちゃんの家まで送って行ったりして」
つん子さんはことばを切って、まぶたを閉じる。
「で、そうやってうちに来たときに、お父さんのこときかせてください、って、何度も頼まれた。懇願っていうの? ほんと膝ついて涙流して言われたこともあった。でも、お母さんがおっしゃらないことをわたしが言うわけにいかないから、ってずっと断ってて。そしたら、いつだったか、いつになったら話してくれるんですか、って言われて。嘉世子ちゃんが二十歳になったらもうお母さんの保護を離れるから、そのときおいで、って言ったんだよね」
「でも、先輩は、二十歳になっても来なかった」
「そう」
つん子さんがしばらく間をあけてから続ける。
「まあ、怖かったんだろうね」
「はい」
怖かったんだろう。
杏樹はずっと先輩を頼りにしていた。頼りになる先輩だと思っていた。
その先輩が、「怖い」って気もちを抱えていることなんか、考えもしなかった。
「さ、すっかり冷めちゃったけど、食べて。おかわりまだいっぱいあるから。まだおなか入るでしょ?」
そう言ってつん子さんは台所に向かう。それに
「はい!」
と元気よく答えてしまったあたり、やっぱり子どもだなぁ、と、杏樹は自分で突っ込みを入れる。
*前日まで未成年だった森戸杏樹がビールの味を知っているとか言ってますが!
本作はもちろん未成年飲酒を勧めるものではありません。
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