第60話 先輩の誕生日(7)

 つんさんはことばを切る。

 首を軽く傾げて見せてから、話を続ける。

 「一般道だから信号があって、当然横断歩道があってね、歩行者がいたわけさ。ところが、赤信号なのにそこにすごいスピードで突っ込んで、ぶつかりそうになってとっさに急ハンドル切って。で、歩行者ははねずにすんだんだけど、ハンドル取られちゃったらしくて、交差点のなかでぐるっと横滑りして半回転してさ。それで向かいっかわの家の壁かブロック塀かなんかに衝突して。ま、ドラマとかでそれだとカッコいいんだろうけど」

 「はい……」

 「ところが火が出ちゃってさ。見てたひととか、信号待ちの車に乗ってたひととか集まって、火を消そうとか、ケンちゃんを救い出そうとか大騒ぎになったらしいけど、火の勢いが強すぎて間に合わなかった」

 つん子さんは、もういちど、ことばを切る。

 「まだシートベルトつけるとかいうことにうるさくなかった時代なのに、ケンちゃん、律儀りちぎにシートベルトしててさ。もちろん、その時代でもしてるのが正しかったんだけど。それで、見てたひとが言うには、何度もシートベルトのところに手をやってるんだけど、それがはずれなくて。そのうち炎と煙で見えなくなったってさ」

 ことばが出なかった。

 窓の外が、緑色なのか、暗い紺色なのか、一面の海の水に覆われる。車のなかに水は入って来ていない。前を上にして沈んで行く車の中で、シートベルトをはずして脱出しようとするのだけど、うまく行かない。シートベルトがはずれない。それに、はずれてもがいてももう外には出られないことを、杏樹あんじゅは知っている……。

 火と水の違いはあるけど、ここに来る途中に見たあの「幻影」は、そのケンちゃんというひとが送ってきてくれたのか?

 ケンちゃんっていう、先輩のお父さんの霊が、まだ生きてて。

 そこまで考えがたどり着いて、ようやく、ことばが出る。

 「それで?」

 出ても、それだけだけど。

 「うん」

 つん子さんは頷いた。

 「それが、嘉世子かよこちゃんが生まれそう、って知らせる電話だったわけ。だからさ」

 またことばを切る。

 「あの子の誕生日は、お父さんが亡くなった日。それはおんなじ日。まったくおんなじ日。それはあの子が何歳になっても変わらない」

 「そんな……」

 今度はことばは出たけれど、やっぱり続けられなかった。つん子さんが言う。

 「で、生々しい話だけど、いい?」

 「はい」

 いい、も何も、ここまででじゅうぶん生々しかった。

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