第55話 先輩の誕生日(2)

 「ごめんね」

 何か別のものはいらないけど、このおつゆのおかわりはほしい。

 すぐに飲み尽くしてしまいそうだ。

 で。

 何が「ごめんね」なのだろう?

 つんさんが続ける。

 「せっかくの二十歳はたちの誕生日がたいへんなことになってしまったよね」

 「あ、いいですいいです」

 おつゆを口に入れた後にご飯をぱくっと大口で食べた後だったので、口の中にものがいっぱい、しかも箸を持ったまま手を振っていた。

 これは「お行儀悪い」感マックスだ。

 いや、もっとマックスがあるかも知れないけど、そうとうにハイレベルのお行儀悪さ。

 「めったにできない経験をしたわけですし」

 で、言ってから、ようやく口の中のものを飲み込む。

 いや、飲み込んでから言えよ、というのは、あとからの感想だ。ものごとが進行している最中さいちゅうは、そんなことは言ってられないのだ。

 ……そういうことにしておこう。

 「それより」

と、氷水で念を入れて流し込んでから、杏樹あんじゅはつん子さんに言う。

 「わたしたちこそ、ご迷惑をかけてしまって」

 ふふっ、と、つん子さんは笑う。

 「あの子さ」

 嘉世子かよこ先輩のことだろう。

 「自分の二十歳で来るって約束だったんだよ。ところが来なくてさ」

 つん子さんは、もういちどことばを切る。

 「それで、来る機会を探してたんでしょ? それで、杏樹ちゃんが二十歳っていうので、ちょうどいい機会だって思ったんでしょうけど」

 「はあ」

 いや。

 いま修士二年ということは、たぶん二十四歳だ。

 あの結生子ゆきこさんと同じで、二十四歳。

 先輩の二十歳で来るはずだったのなら、それから四年間、ご無沙汰したことになる。

 四年あれば、最初の年に大学に入学した子が卒業してしまう。短い時間ではない。

 杏樹は、氷水で落ち着いたので、またつくね汁にかかった。

 「でも、けっきょく、きいていかなかったよね」

 「何を、ですか?」

 杏樹は反射的にきく。こんどはちゃんとスープを飲み込んでからきくことを心がけた。

 何で取った出汁かは杏樹の貧しい舌ではわからないけれど、おいしい出汁だしだな、と思う。味噌なしにしておいて正解だった。

 いや、味噌汁のもおいしいのかも知れないけど。こんど来たら試してみよう。

 「あの子のね」

 杏樹がそれだけ思う時間を空けてくれたのか、つん子さんはゆっくりと言った。

 「出生しゅっしょうの秘密っていうのを」

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